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『A MEZZANINE(あ・めっざにね)』全曲を語る その2/高倉一修&厚海義朗インタビュー

さて、『A MEZZANINE(あ・めっざにね)』の1曲目「三世紀」話は、まだまだ続く。

 

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三世紀

三世紀

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──後半に乗る髙倉さんの歌詞が、ああいうものになるというのも考えてました?

 

髙倉 何か言葉が乗ってないとただコードがわーって流れてるだけだと曲が活きない。でも、歌が乗るかっていうとそうじゃないなと思ってたから、なんとなくたくさんの言葉がある「ラップ未満」のイメージがあるということは田代さんに伝えた。「そういうたくさんの言葉を別に作ってもらうことはできますか?」って。それで一旦は彼女に投げたんだけど、最終的に来た歌詞は原詞をちょっと変化させた感じで、それほどたくさん言葉がなくって。ぼくは原詞で自分がイメージした展開からは離れたいというのがあったから。

 

──でも、明日が歌入れだっていうギリギリのタイミングでとはいえ、この言葉がよく出てきたなと思います。「即興的にできたものだからやるたびに変わります」というものでもないわけだし。

 

髙倉 ぼくもそんなに言葉達者な感じじゃないし、浮かんだもので使えるものがあればめっけものくらいだったから、とりあえず「ワーっと書いたら書けた!」みたいな感じ。これで行くしかないなと。

 

──最初の三行(「空と陸のあいだ」から「浮かんでいる(滞在中)」)までは、アルバム・タイトルにも絡む重要なモチーフでもあります。これは、常に『A MEZZANINE(あ・めっざにね)』というコンセプトを意識していたから出てきた言葉?

 

髙倉 そうそう。だから、そこから「室内」というか「建物」的な感覚のワードも出てきたし、ここのコード進行のイメージに、全体的に建築パースを思わせるメタフィジカルなものがあった。そう思って書き始めてみた、という感じかな。まあ、苦し紛れのものではあるんだけど。

 

──でも、なんならここからの後半を暗記して口ずさんでいる人も出てきそうな。

髙倉 いやー、いないよ(笑)

 

──あと、あだちくんが英語のナレーションで最後にちょっと参加してますけど、この曲はサウンド面ではまったく髙倉さんひとり制作なんですよね。

 

髙倉 「(滞在中)」のところも、あだちくんに一緒に歌ってもらってますね。そこは歌入れしてる最中に浮かんだことをノリでお願いした、みたいな感じだったけど。そもそも本当は最終的にバンドでの演奏に差し替える計画だったのがギリギリまでぼくの曲作りに時間がかかってしまったので、打ち込みのデモトラックをイキにすることになった、という経緯でもあるんです。

 

──ひとりだけでやったスタジオ版と、ライヴで聴く「三世紀」がまた別の盛り上がりを見せる曲になっているというのもおもしろいです。森道市場のときも「そうなるんだ!」って驚きがありました。ライヴでやるとしたら、最初に亀田(暁彦)くんと髙倉さんがふたりで出てきて、ミニマルな感じで、イントロダクション的にやるとか想像してたから(笑)

 

厚海 確かに(笑)

 

髙倉 そうだね(笑)。まあ、バンドでやるんであれば後半は化けるかもしれないなという思いがあった。あと、その思いのなかには、みっちゃん(光永渉)は「こうやってください」というのをそのままやる人ではなく、もっと展開させてくれる、というのもあった。だから、バンドでやるのならスタジオ版の世界観は手放す、という方向のほうがおもしろいだろうなと思ってました。

 

──それってGUIROの楽曲に対する髙倉一修の思想としても言えることだと思うんですけど、一部の隙もなくがっちり構築的に捉えているというより、じつは結構軟体的に考えている部分もあるのかな。

 

髙倉 たぶん、(2016年にGUIROを)再開してからはわりと後者の感じになってる気がする。これ(スタジオ版)を再生するだけのことをライヴでやるんであれば、先があんまり見えないと思ってたから。そうじゃないことができる人たちがバンドにいるのに、録音のそのままをライヴでやっておもしろいのか? (西尾)賢さんにしろ、あだちくんにしろ、「こうやってください」とお願いするより、ほっといたほうがおもしろい人たちだから。ただ、よっさまはスタジオ版のベースラインを最初は完コピしようとしてくれてた。

 

厚海 そうそう。結構頑張ったんです。でも、無理だった(笑)。七連符とかあるし(笑)

 

髙倉 作るときはベースラインは相当自由にやったから。個人的にいちばん「変なの出てきちゃったな」と思ったのは、「一階と二階のあいだ」のちょい前に「ドレレン、ドレレン」って出てくるフレーズ。そこが気に入ってます(笑)

 

厚海 ライヴではポエトリーに入る頭の四小節のところは、デモのラインをループして弾いてますね。

 

髙倉 相当そのままやってるよね。ぼくは「変えてちょうだい」って言ってたんだけど。

 

厚海 7割くらいは追えてるんじゃないかな。ベースラインというよりは、ベースもシンセの配置のひとつとして捉えているんだろうなというのは、ひしひしと感じました。コードのスケールには収まってるんだけど、コードの根っこにベースがいないんです。ソロの延長みたいな感じかな。それを高倉さんなりに、あえてベースでやってみてる。そこが特徴的です。テンションノートの使い方とか、本当に独特なんですよ。一度五度の積み重ねというのがあるんですけど、コードのインターバルの、敢えて高い音のほうをベースラインに持ってきてたりするんです。それが不思議な感じにはなってますね。本来、ギタリストやサックスがやるべきラインがベースに来てる。そういうところが最近わかってきました。この曲に限らずですけど、「銀河」とかでもありますね。

 

髙倉 言われてみたらそうなのか、とは思う。自分では「こうだと気持ちいい」という感じで作ってるだけだから。その感じが自分のカラーになっていて、わかる人が聴くと「変わってるね」みたいな感じになるんだろうな。

 

──でも、その法則みたいな部分がわかってくると、やりやすくなってくる。

 

厚海 そうですね。でも、ぼくも聴いただけじゃわからないですよ。譜面に起こさないと無理。

 

──それにしても、「三世紀」は一般的な尺度で見れば問題作な曲だけど、いちばん新しい曲が問題作だっていう状態は表現者にとってはいいことだと思ってます。

 

髙倉 自分としては、ひさびさに「昔取った杵柄」な感じがした。

 

厚海 原点回帰ってことですか。

 

髙倉 20代はとにかく打ち込みで曲を作ってたけど、今の録音テクノロジーにおいての打ち込みはちゃんとやったことがなかったから。打ち込みをやるってことは隅々まで自分の音色が再現されることになるし、リズムの跳ね具合とかも自分で設定する。バンドでありきで考えると「その隅々までのこだわりにどれほど意味があるの?」ってことになっちゃうけど、高倉、厚海、牧野の3人でGUIROを名乗ると去年決めたときに、ちょっとバンドらしさから解放されたところもあったんですね。録音物というのは別途に考えていいし、こういう「三世紀」みたいな曲があってもいい。むしろこれが雛形としてポンと入ったりすることで、全体の見え方がだいぶ変わるなという思いはあったから、存分にやってみようという気持ちは途中から出てきた。ただ、最終的に「三世紀」が録音物として聴くべきものになりうるのかが、ずっとわからなかった。あだちくんはずっと録音の作業に付き合ってくれてたけど、ぜんぜん反応なかったからね。

 

──そうなんですか(笑)

 

髙倉 うん。「デモでしかないよね」という印象なんだろうなとぼくは感じてた。よっさまとマッキーはいい反応示で、「これもアリなんじゃないか」とは言ってくれてたから、半分は現実的に考えられたかな。

 

厚海 最初はリズムがチキチキ音だけだったんで、ぼくが勝手にデモにキックとスネアを足して送り返したことがあります。「試しにこんな感じはどうですか?」って。

 

髙倉 「ツタタ、ツタタ」みたいなやつね。この曲って四拍子と三拍子が入り組んでるから、そこにキックとスネアを入れちゃうと、わりとそれぞれの拍子がはっきりしちゃう。そこをあんまりはっきりしない感じに仕上げてみたかったんで、それを足すのはちょっと待ってもらって。バンドでやるんだったらその感じかなっていうのは想像がつくから、最終的にはそうなってもいいと思ってる。だけど、この打ち込み版は四と三がわからない感じで進んで、後半になだれ込む、みたいな感じ。それがどう決着するのかわからないけど「好きにやってみたいからしばらくはこのままで行かせてちょうだい」って返事しました。最終的に5月くらいになってドラムを打ち込みはじめて、そのときに「あ、これ、キックとスネアの位置をちょっとズラせる」って気がついて、だいぶ楽しくなっていった(笑)

 

厚海 (その時間で)消化しきれたんですよね。

 

──本当に不思議な曲ですよ。トラックだけ考えて「変な曲できちゃいました」じゃなくて、着想は最初にあった歌詞から誘発されたわけですよね。そして歌詞も変わり、トラックも変わっていった。

 

髙倉 そういうでき方というのも初めてだから、見えない分ハラハラはしたけどおもしろかった。結局、分数としても3分に満たなくて終わったんだけど、それも気持ちのどこかでは途中まで「1番あって、2番あって」みたいなサイズ感も必要と思ってたところでもあって。だけど打ち込みだけでそのサイズを作るのはちょっと大変だった。でも、よっさまとマッキーは「この曲をリード・トラックに」くらいのことを言ってくれてたから、その体裁に適うサイズ感をなんとかしなくちゃいけないんだろうなと思ってたけど、最終的に締切ギリギリになってきて、サイズだけ足りてもおもしろいものになるかわかんないし、後半の歌詞も書けてなかったから、諦めたんです。でも、これは中途半端なかたちかもしれないけど「ノヴァ・エチカ」へのインパクトのある導入にはなるな、と。この短さで曲をやめるっていうのは結構怖いことだったけど(通例で考えるところの)半分サイズであることが、逆に変なかたちでの導入としてもいいんじゃないか。その辺はちょっとソランジュの新作(『When I Get Home』)とかに後押ししてもらった気はする。

 

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──なるほどね。その感じ、わかります。

 

髙倉 (単体では)どういうピースになるかわかんない曲があっても、逆にいまはおもしろいかなと。自分的に「こういうものもあり」だと思いたかったときに、ソランジュのアルバムをちょうど聴けたからというのもあるかもしれないけど。

 

──いろんなぐうぜんの作用はあるかもしれないけど、あれが一曲目で聴いた人の衝撃は大きいと思いますよ。プラグインそのまんまっぽいシンセ音からして、そう。

 

髙倉 一応、プラグインそのままではなくて、ちょっとエディットはしました。だいたいGarageBandの音源はすべてリヴァーブがかかってるから、それは取ったし。

 

──ミックス面ではどういう意識をしてました?

 

髙倉 土壇場になって、この曲だけ葛西(敏彦)さんにお願いをしたんです。

 

──たしか、超特急仕事。

 

髙倉 そう(笑)。でも、すごく楽しんでやってくれたし、自分でもお願いしてよかった。葛西さんは『ABBAU』のときにもお願いしてるし、ぼくがリヴァーブ嫌いなのもわかってる。だけど、向こうにも「どこかでリヴァーブ入れてやろう」みたいな気持ちがあるのもわかってるから、そこはこっちも「よっしゃ来い!」と仕上がりを待って。で「あ、そこに入れたんだな」と思うという。

 

厚海 ぼくは完全に(リヴァーブの入れどころは)葛西さん寄りでしたね。最初のミックスでは「もっと大げさにやってほしい」ってお願いしたくらいで。

 

髙倉 「編まれた」の「た」のところとかね。でも、全体の音像がかなりおもしろい感じにできたから、そういうリヴァーブ感も活きるなとぼくも納得できた。何か意見が戦うようなことはぜんぜんないし、ドライな音像は葛西さんはお手の物だし。「もっと近い音像にしてみたい」とリクエストしたら「じゃ、これはどう?」みたいな。この曲に関しては一貫して楽しく作業できましたね。

 

厚海 (ミックスを経ての印象は)ぜんぜん変わりましたね。とは言え、シンセの音色とかは変わってないんですけど。

 

髙倉 録音物になるから、低域のことがきちんと意識されたミックスになりましたよね。

 

厚海 そこはもうGarageBandとは違うものになって。

 

髙倉 でも、葛西さんは「GarageBand最高だよね!」とも言ってましたけどね(笑)

 

──さて、「三世紀」だけでもうこの分量になっちゃいました(笑)。まだアルバムの1曲目なのに(笑)。でも、まだまだ続きます。

 

(つづく)

 

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仙台公演、無事終了。次は12月に東京で。

 

2019.12.11

GUIRO Live A/W " Neue Welle "

 

日時|2019年12月11日(水)
場所|晴れたら空に豆まいて (代官山)
出演|GUIRO
開場|19:00
開演|20:00
料金|前売3,500円/当日 4,000円 (ドリンク代別途要)

 

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『A MEZZANINE(あ・めっざにね)』全曲を語る その1/高倉一修&厚海義朗インタビュー

GUIROにとって2019年の重要なリリースとなったミニ・アルバム『A MEZZANINE(あ・めっざにね)』。

 

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兼ねてから、アルバムの試聴会やトークイベントなどで高倉さん、厚海くんたちといろいろ話してきたなかで、高倉さんより「GUIRO再始動の経緯や近年の活動についてよりも、曲のことをもっとしゃべっておきたい」という要望を受けていた。

 

そして夏の某日某所で行われたのが、この全曲を語るインタビューだ。曲の成り立ちやエピソードを中心に話した内容は、結果的に単なる解説や分析以上のものになっていると思う。なにしろ一曲目の「三世紀」だけで、すでに一万字!(なので2回に分けて掲載する)

 

さて、よけいな前置きも短めに。とにかくすぐに話し始めましょうか。

 

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三世紀

三世紀

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◾️「三世紀」

 

髙倉一修 どの曲もおなじように触れたいわけではなくて、「三世紀」は新しい曲な分だけ、自分でもよくわかってない部分がある。よっさま(厚海義朗)だったら「祝福の歌」の構造とか思いとか、ぼくにはわからないところも聞いておきたいし、そういうのを考え続けるというか、話した記録として残しておきたいと思ったんです。自分でも「これはこういう曲なんです」と完璧にプレゼンできるようなものとしてとらえてないところがあったりする。なので、曲によってそれぞれ「この曲はそういうところを知りたい」みたいな感じで話していきたいんです。

 

──じゃあ、やっぱり曲順通りに「三世紀」からはじめましょうか。

 

髙倉 (『A MEZZANINE(あ・めっざにね)』に)新しい曲を入れなければ、あんまり意味がないなと思っていたところが大きかったかな。こういう音のでき方の曲を入れたかったというより、このミニ・アルバムのために作ったいちばん新しい何かが入るということが必要だった。

 

──「三世紀」の歌詞は髙倉さんと田代万里子との共作になっていて。2017年、最初に曲作りの合宿をしたときには、まずは田代さんからいただいていた歌詞をそのまま使っていたそうですね。

 

厚海義朗 その時点では、いまの曲のかたちもなくて、歌詞だけしかなかったですね。その歌詞も完成版とはぜんぜん違ってて。ぼくが覚えてるのは「お天気雨のこの窓辺」とか、そういうところだけかな。他のパートは残ってないんでしたっけ?

 

髙倉 (他にも残ってる部分は)あるよ。まずはその「お天気雨のこの窓辺」から「三世紀 亙る鳥が編まれた」までの四行。冒頭の「額にとけた稲妻」はぼくがつけた。それから「すべては紙でできた羽根」から「最終形 示す街 顕れた」までの四行。でも、細かいところはじつは変えている。

 

──それはメロディに対する言葉数とかの理由で?

 

髙倉 そう。言葉を変えたいちばんの理由は、音符の数が途中で決まってしまったから。でも、最初の四行がすごく曲のイメージを持たせてくれたんだけど、その浮かんだイメージは音符の数も伴っていて、そのままだと微妙にハマらないという問題があった。そうすると、この音符の数に乗せるんであれば、あと二つ三つ言葉を足したい。で、たとえば「真ん中に腰かけていたら」の後に「また」を足して。「三世紀 亙る鳥になった」を「三世紀 亙る鳥が編まれた」に変えたり。

 

厚海 はー(感心)。

 

髙倉 最初の四行でいえば、前半は直してない。ぼくがその四行をどう感じたかというと、窓辺からの視点で日々の揺れを見ていたわけ。その視点の真ん中に腰かけていたら、見てたものが三世紀を亙る鳥になった。ただ「なった」という状態。で、歌詞を変えるにしても、それ以上の意味を言葉で足したくなかった。「真ん中に腰かけて寝ていたら」とか、そういう副詞的な要素は足したくない。だって「寝た」のなら、見てたものがその場で変わったことにならないじゃないか、って。見てたものが三世紀を亙る鳥になった、ということを壊したくなかった。だから、「が編まれた」も結構苦しいよね。本当は「になった」でいきたかったから。

 

厚海 そうかそうか、思い出した。

 

髙倉 「になった」を活かしたくてギリギリまで粘ったし、歌詞を書いた当人(田代)にも相談したし。彼女も「ニュアンスを残したまま変えられますよ」って言ってくれたんだけど、変えたものをもらったら、やっぱりニュアンスは変わってた。それだと歌詞を書いた当人に対して「そうじゃないです」ってことを言うことになる。ものを作っていくにあたってダメ出しで作っていくことになっちゃうから、それだとおもしろくない。だから自分で考えた。

 

──なるほど。そして、もともとは導入は四行詩x2だったんですね。ポップスの歌詞としての体裁を保っていたわけですか。

 

髙倉 わりとあった。サビみたいなパートも四行あったし。だけど、出だしの一行が、曲の構造として必要だということになって、「額にとけた稲妻」が入った。「東天紅」みたいに、もらった歌詞をいっさいいじることなく曲がスポンとハマったケースとは作られ方がぜんぜん違ってるんです。(「三世紀」の歌詞は)強くインスパイアされた部分以外は、どうにも曲との辻褄が合わなくて。最初の四行だと、メロディにまったくうまくハマってくれなかった。文節で区切れないから言葉の途中で区切らないと合わない。それがおもしろくなればそれもいいなと思ったけど、いまひとつハマらなくて。なので、次の四行(「すべては紙でできた羽根」から)も、ニュアンスだけちょっと残してかなりぼくが変えてしまってる。曲の後半はぼくが書いたんだけど、まったくの書き下ろしかというとそうでもなくて、たとえば「既視に塵を挟まぬように/重ねていたら未知となった」の二行は原詞にあったの。

 

厚海 あったあった! 思い出した!

 

──でも、ここのパートはポエトリー・リーディングのようになっているけど、元の歌詞では歌われることを全体としたラインだったわけですよね。

 

髙倉 そう。この前後の歌詞は、ぼくが歌入れの前日にわーっと書いたもので。だから、ここからここは田代さんで、ここからはぼく、みたいにスパンとは割り切れない歌詞になっている。「三世紀」ってタイトルも原詞にはついてなくて、「三世紀」という言葉だけあったものを最終的にぼくがタイトルにさせてもらったんです。

 

──「三世紀」というワードがあったから、反応して出てきた言葉もあると感じましたけどね。「一階と二階のあいだ」とか。

 

髙倉 ああ、そうなのかな。

 

──まあ、「一階と二階のあいだ」って「中二階」なわけで、アルバムのタイトル『A MEZZANINE(あ・めっざにね)』を象徴してるんですけど、その「一」と「二」を引き出していたのは、もしかしたら「三」だったのかも。

 

髙倉 へー。そうかそうか。

 

厚海 これって、曲を作るにあたって何から手をつけたんですか? メロディなのか、コードなのか?

 

髙倉 たぶん、合宿のときに、最初の四行に対する最初のワンコードだけはなんとなくあった。そこを起点にして、ちょっとギター弾いて歌い出しをやってみた。一行だけ。その次に、シンセのブラス音で「パー、パー」っていうのを入れてみたくなって、ギター一本で作る曲じゃなくなった。その辺りからよっさまもいたから「そんな感じにしてみたい」って話して、シンセの音をiPadから出してもらったかな。

 

厚海 ふーん。そんなことやってましたっけ。

 

髙倉 デモにもその感じは入ってたし、シンセのイメージは最後まで残ってたかな。

 

──そうか。じゃあ、合宿で「三世紀」はまるでものにならなかったわけではなくて、とっかかりだけはできていたんですね。

 

髙倉 そうなんです。でも「真ん中に腰かけて」くらいで止まったかな。その場で、もともとあった歌詞のサビにあたる部分に対する展開が浮かんだんだけど、それはぜんぜん気に入らなくて。その場でもみんなにそう言った。やってみたけど「こうは絶対したくない」って。あだち(麗三郎)くんとかは「これ、いいじゃない」って言ってくれてたけど、ぼくが行きたい方向じゃなかった。まあ、合宿でみんなもいるし、とりあえずひねり出さなくちゃいけないという状況でやってはみたけど、やっぱりその場でボツにするという宣言をしました。それで、出だしの三行くらいで止まった状態で、合宿は終わってしまった。

 

──その、こっちには行きたくない感じというのは、Aメロ、Bメロあってのサビみたいな展開だったから?

 

髙倉 いわゆるサビ的なサビだったかな。それだとなんかおもしろくないなと感じて。

 

厚海 その展開ってマッキー(牧野容也)が出した案からできたやつだった?

 

髙倉 マッキーは「真ん中に」のは入り口のコードをぼくが出して、その続きで「こんなのはどうか」みたいな展開を考えてくれたかな。でも、最終的にはその展開は採用しなかった。

 

──その時点ではまったく違う曲だったんですね。じゃあ、歌詞として導入のイメージを作った「額にとけた稲妻」は、いつできたんですか?

 

髙倉 これはもう最終段階。たぶん、構成はもうできていて、ここに何かが必要だということはわかっていて。そこの何かに対して言葉をいろいろ歌ってみてて。たとえば「ア行」で終わりたい、とか。それは「雪だるま」なのか「稲妻」なのか。そういうイメージだけを何ヶ月かあっためていて、最終的にこれになりました。「お天気雨」とかあるから「稲妻」は妥当かなという気持ちが自分ではしていて。

 

──そして、曲の構造としては「A→B→サビ」みたいな構造から逸脱したすごいものになりました。

 

厚海 なんなんでしょうね、これは(笑)。一応、便宜上、譜面では「A→B→C」みたいな捉え方はしてるけど、よくわかんないですね。サビっていうものはない。

 

──なぜ、こうなったんでしょう?

 

髙倉 単純に、最初のパート以降がギターではどうにも思い浮かばなくて止まっていた、と。そして、それとはぜんぜん別の断片として、後半のコード進行をキーボードで作ってたんですよ。それは別に何に使うとかも決めず、「この進行いいな」と思いながらエレピでやっていただけ。鍵盤で曲を作ること自体、ぼくは初めてだったけど、ちょっと気に入ったのができたからこれは覚えておこうと思っていたわけ。それで、あるとき「これ、くっつかないかな」と発想して、間にブリッジみたいなのを入れたらなんとなく後半に行けるなとあたりをつけながら。でも、後半はギターでは弾けないから、一曲を通してみんなに聴かせるみたいなことはできなかった。それで、何らかのデモを作らないと、と思い、今年の正月くらいからデモを打ち込み始めたんですよ。

 

──後半のコード進行は、じっさいのところ「髙倉進行」みたいなオリジナリティがあるんでしょうか?

 

厚海 今、デモから採った譜面とにらめっこしながら考えてたんですけど、脈絡がありそうでない。別にルールはないから。なんとなく基調になってる音というのはあるんですよ。

 

髙倉 ぼくはコードネームを信用してないというのがある(笑)

 

厚海 わかる。それはすごいわかる(笑)

 

髙倉 要は、下からの音の積み上げ方でコードネームって決まるでしょ。人によっては「ここにあるものを別のところに入れてもおなじコードだよ」って考える人もいる。弾きやすさとかも関係してるし、結構平気で音の入れ替えは起こったりするんだけど、ぼくからするとそれをやると響きがもう変わってしまって。

 

厚海 ムードが変わりますよね。

 

髙倉 だから「この積み上げ方でなければ意味がない」くらいの感じで思っちゃってる。

 

厚海 「ドミソ」じゃなくて「ミドソ」がいい、って感じですよね。「ドミソ」と「ミドソ」はおなじじゃない、ってこと(笑)

 

髙倉 ぼくはその感覚が相当強いのかな。自分でもよくそれは思いますね。

 

(つづく)

 

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さて本日はこちらです。仙台初ワンマン!

 

GUIRO Live A/W " Neue Welle "[仙台]

 

日時|2019年11月8日(金)
場所|enn 2nd
出演|GUIRO
開場|19:00
開演|20:00
料金|当日 4,000円 (ドリンク代別途要)

 

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王舟と「大きな魚」の話をした。/王舟インタビュー その2

長々とお待たせしました。

 

王舟の新作アルバム『Big fish』をめぐるインタビューの後編。

 

後半はアルバム本編の話との直接の接点は離れるようでいながら、ミュージシャン王舟が今考えていることには近づいてるような気がする。まとめてても、なんだか振り子みたいなインタビューだとも思ったり。

 

彼があらたに始めた、ミュージシャンに録音機材のことを根掘り葉掘り聞いていく音楽サイト『DONCAMATIQ(ドンカマティック)』の話も出てくるので、どうぞ最後までお付き合いを。

 

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写真:松永良平

 

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王舟 "Lucky"(Official Music Video)

 

──『Big fish』の評判はすごくいいでしょ?

 

王舟 評判はとてもいいんですけど、どうやったらもっとたくさんの人に聴いてもらえるのかな……そこを考えながらほかの人の音楽を聴くと、もっと人に伝えることを重視してるなって思うものが多いんですよ。でも、「それは俺は苦手だな」って思う(笑)。人に何か具体性を伝えるために音楽をすることが。だから「これはおれにはできるかな?」くらいの難易度のことをやってるのかも。それをやってる間は、伝わるかどうかは考える余裕がないし、考えなくて済む。

 

──とはいえ、王舟くんの音楽は基本的にはポップの範疇であって、サイズも4分くらいに収まってるものが多い。それは「伝えたい音楽」とかたちとしては似てるように思えなくもない。

 

王舟 なんなんでしょうね。「伝えたい」って感じはないけど、いい印象は持ってもらいたいというのはあるんですよ。曲を聴いてる間の目にするものや時間とかにいい印象を持ちやすいようにしたいし、そうさせるのはポップなフォーマットだったりするから。ドラムとかがそうですよね。でも、それは「わかりやすく伝える」とかとはちょっと違う。ノイズやってても「伝えよう」と思ってたり、いろいろ考えてたりすると思うんで。

 

──たぶん、今言ってるような話って、王舟の音楽にみんながいちばん興味を持つツボでもあるし、謎な部分でもあると思うんです。

 

王舟 クセですね。クセみたいなものなんです。全部がそうだってわけじゃないんですけど、アルバムは自分が「今こういうのを好きなんですよ」みたいなものを出すというイメージがあるから、そういうときはクセが出ちゃうほうが好きっぽい。

 

──「好きっぽい」(笑)。普通、自分に対して出てくる表現じゃないですよね。

 

王舟 そこに、わりと大事なものがあると思うんですけど。会話してると、わりとみんなおなじ感じのことを思おうとするじゃないですか。みんな優しいから人に合わせたりもするし、結論を合わせようとしたりする。おれはそこはあんまりなくて、そのときの現場に議論の振れ幅を欲したいという感じがある。余地を残しておきたいんですよ。そういうふうに言うと「なんにも決まらないじゃん」みたいなこと言われるけど意外とそんなことなくて、決めたっていいし、決めたあとの余地を残しておけばいいという感覚。「おれは優柔不断かな?」って前は思ってたんですけど、意外とそうでもない。

 

──「決められない人」というのとは違う。

 

王舟 もちろん自分のなかに決められないことはあるんですけど。作ったデモの出来とかね。そういうときは夏目くんに聴いてもらったりして。

 

──歌詞についてもその振れ幅は通じてきますよね。歌詞は日本語も英語もあるし、英語の歌詞ももともとあやふやな言葉にあとから英語を当てはめたものだったりして。だけど、それは「歌詞なんてなんでもいい」とは違う。

 

王舟 そうですね。一個の質問があったら、みんなは1行くらいで答えてほしいじゃないですか。おれは1時間くらい答えを聞いてくれるのなら説明できるけど、結局その説明を聞いたところでその人はそれを1行には要約できないから、要は「よくわかんない」になっちゃう。その感じが現代っぽいと思うんですよ。ほかの人の音楽を聴くと「要約がちゃんとされてる」感じがあるなと思うのとも通じるかな。全部の音楽がそうだってわけじゃないです。でも、音楽はコミュニケーションのきっかけと考えると、「この曲はここがいいんだよ」って言いやすいっていうポイントがあるのも大事なんでしょうけどね。

 

──逆に「わかりやすい」と王舟くんが感じる音楽の作り手は、王舟くんを聴いて「なんでこんな音楽が作れるんだろう?」と思ってたりするのでは?

 

王舟 そうすね。それはお互いにあるでしょうね。「そんなにわかりやすくやってるつもりはないんです」って向こうは思うかもしれないし。

 

──そういう個人的な「伝えたさ」から乖離した歌が広く伝わるという歴史があったという意味では、僕は王舟くんの音楽にはウディ・ガスリーとかハンク・ウィリアムスと通じるものを感じるし、クロスレビューをMikikiに頼まれたときもそれを意識して書きましたね。現代にウディ・ガスリーみたいなタイプのフォーク・ミュージシャンがいるとしたらDAWでやってるんじゃないか、って。

 

mikiki.tokyo.jp

 

王舟 今ウディ・ガスリーハンク・ウィリアムスとか生きてたら音楽やってるんですかね? 今もギター弾いてるんじゃないですかね? まあ、でもおれは作るときは昔のアコギが今はコンピューターになった、みたいな感じでDAWを使ってるというのはあります。

 

──王舟くんの宅録の曲は前からありますけど、『Big fish』の曲はそれまでとも違う印象だったんですよね。ドラムパターンを作って、コードを乗せて、というのではない、曲の生え方というか。でも「この音色や音の配置の絶妙さ」をすごく狙ったということでもない。

 

王舟 それは狙ってないです。昔は誰かの音楽を聴くとプラグインとかエフェクトとかもっと突き詰めてやろうと思えばおれにも似たようなやれるし、「この配置いいね」とか「コンプってこういうものか」みたいに自分で噛み砕ける感覚はあったけど、今はソフトでできることが複雑すぎてできた音をただ感じるしかないような曖昧な感覚で音楽聴いてて。でも、「なるほど、こういう効果か」って気がつく瞬間はいっぱいあるんです。特にアメリカの今の音楽にはそういうのがいっぱいあって影響されたというのはあるかも。

 

──ソロで音楽を作り始めて10年くらい経ちましたけど、それなりに変化したなと思うのか、やっぱり一貫してるなと思ってるのか気になります。

 

王舟 仕事とかで作曲の依頼があって、要望に沿ったものを作ったりすると「意外とおれって成長してるかも」と思ったりしますね(笑)

 

──前にNHKのドラマ(『嘘なんてひとつもないの』2017年3月放映)の劇伴やったじゃないですか。

 

1fct.net

 

王舟 そのときも「意外とできるな」って感じはあったんですけど、結局そういうふうに思う感覚こそが素人っぽいんですよ。そういうところはずっと変わんないです。

 

──いろんな人と演奏すると、なかには「プロっぽい」じゃなく「プロ」な気質の人もいますよね。そういう現場での違いは感じます?

 

王舟 ぜんぜん感じます。「おれはやっぱりプレイヤー向いてないな」って思う(笑)。まあ、でも自分と比べられはしないですけど、ボブ・ディランって「素人っぽさ」が「プロっぽい」ですよね。ザ・バンドとやってるやつでもひとりだけやたらとズレまくるし。ちょっとおれが言ってることとは違うかもしれないですけど、そこに「こんな感じで演奏してもいいんだ」っていう発見はあって。周りはがっしりしてるのに自分は足並み揃えない。そういうのはいいな、って。

 


The Band - Forever Young

 

──こういう取材って、アルバムがリリースされるとき、つまり本人としては作品を作り終えたときに受けるじゃないですか。それって、聞かれてるほうとしては「もう作り終えちゃったものなんで」って気持ちになったりするところもあるのかなと思うんです。特に王舟くんの話を聞いてると、そういう部分は少なからずあるんだろうなと。

 

王舟 それはめちゃめちゃあります。だから、「これから聴いてくれる人が増えたらいいな」という感じはあります。今はもう「次のやつどうしようかな」って考えたりしてるから、前のやつを振り返ってもわりと忘れてるという感じはあります。答えてるうちに「そういえばそうだった」って思い出す感じはあるんですけど。本当は丁寧に解説ができるんだったらやりたいんですが、次のことを考えてるほうが自然だし、そこも人に伝えるということの難しさっていうか。

 

──時間の制約とか?

 

王舟 それもあります。さっきも言ったように言葉を要約できないから。読んだ人が「こういうアルバムなんだな」って思うようなことがあんまり言えないんですよ。それこそ自分のなかでまとめてるわけじゃないから。作ってくうちに自分も変わってく感じでやってるから、なおさら終わったあとからは説明はしづらい。

 

──たとえば、絵を描く人は、描いている状態について語りたいし、だから絵を描くわけで、描いてしまった作品について語ることはない。そういうのに似てますね。

 

王舟 本当、それですね。絵は結果みたいな感じなんで。なんなら「描いた絵」より「描かれてるときの映像」を見たい。そこがいちばんおもしろい気がするんですけど。

 

──そういう意味でも、王舟くんは常に作っていきたいひとなんでしょうね。

 

王舟 でも、それでいえば音楽は鑑賞してるときに時間が流れてく仕様だから、絵よりはわかりやすい気もするかもしれない。あ、でも油絵もカサブタとかあるから、細かく見ていくとそういう作者の痕跡は残っているかもしれない。

 

──制作して、できたら取材されて、リリースして、ツアーやって、みたいな、ずっとこの業界のルーティンとしてある流れ、みたいなものにも、もしかして抵抗感はあります?

 

王舟 そうですね。レコ発のライヴ終わったら、もう『Big fish』のことは終わりでいいかなとか、レコ発やる前はもう次からは本当にリリースだけでいいやって思ってました。でも、それで将来マジでどうやって食っていったらいいのか不安になりますけど(笑)。レコ発はレコ発で楽しかった。ただ、今回出してみて、今後はもっとどんどん作んないとダメなんだなと思いました。別名義も作って、レーベル管轄外で曲を出してくのも楽しそうだからやろうかな、とも思ったり。

 

──人をプロデュースしたりすることには興味あります?

 

王舟 自分の作品をひとりで作るより人と何か作ることの方が今は向いてるかも。プロデュースというか、周り見てもみんな自分たちでやってる感がすごい強いから、うまくいってるときはいいんですけど、細かい迷いだったり戸惑いを感じたり、まさに今回のおれが途中でそういう感じだったみたいなときに、人の作業に入っていったりするのはおもしろいし、やってることは音楽なんで、おれが出せるアイデアもあるし。

 

──今はエンジニアの人が音作りの点でプロデューサーの代わりをやってるようなところがありますしね。

 

王舟 そうなんですよ。でもエンジニアはエンジニアの領分があって、こっちがいろいろほかの面でも求めすぎると結構その人も大変になっちゃうし。それに、エンジニアは現場にひとりしかいないことも多いから、意見の分母として少ないんですよ。

 

──自分プロデュースにある程度限界があるというのも確かに同意見です。

 

王舟 そうですね。まあ、それも人によるのかな。おれはいろいろ意見が欲しい時期だったので。

 

──ミュージシャンに機材のことを王舟とmei eharaさんがインタビューするという企画(『DONCAMATIQ(ドンカマティック)』)もようやくウェブ連載が始まるらしいですが(※取材時はまだ公開前でした)、王舟くんのそういうプロデュース面での興味と絡んでくる話ではあるんですか?

 

note.mu

 

王舟 いや、やがてそういう興味とつながるところがあったらいいな、という感じですかね。そういう記事をおれが読みたいなと思ったからやるんですけど。実際に話を聞き始めるとおもしろいんですよ。テーマはわりと広範囲だし、基本的にはリリースのタイミングで話聞くとかでもないんで、だんだん今の時点からその人の過去を振り返った長いスパンの仕事の話にもなるから。

 

──人選は王舟くんが決めてるんですか?

 

王舟 今は中心になってる三人で話し合って決めてますけど、菅原(慎一)くんとmmmは最初にやりたいと思ってました。やってみたら意外と共通点があって、みんなパソコン使えないとかね(笑)

 

──王舟くんが王舟自身に聞くという回があってもおもしろいだろうけど。

 

王舟 自分の今回のアルバムでいうと、いろんな音をサンプリングして貼り付けたり修正したりしたんですよ。mmmのフルートも、潮田くんのギターも30テイクくらい録ってます。

 

──すごいですね。

 

王舟 それを切り貼りして、編集してるときが楽しいですよ。でも、完成した楽曲を素材として使うのはぜんぜん興味なくて。単音で録ったフレーズをいじって、音程変えたり伸縮させたりするのが、人のプライベートな時間をいじってる感覚があっておもしろいんで。フルートのフレーズでも、ぜんぜん違うメロディを吹いてるのを細切れにして別のフレーズにしたり。

 

──手法としてはドナルド・フェイゲンの『ナイトフライ』みたい。

 


NEW FRONTIER - DONALD FAGEN ( ! ORIGINAL VIDEO ! )

 

王舟 いやー、比べたらアレですけど。向こうは手間がハンパないし。しかも、テープの時代ですからね。

 

──でも、王舟くんもドナルド・フェイゲンも「すでに存在してる音」じゃなくて、生身の人間が出した音をサンプリングしたわけだから。

 

王舟 なんかね、ちょっと他次元感が出るんですよ。雑味があって擬似的になるというか。きれいにまとまっちゃうと親近感がなくなる。

 

──その不思議な親近感っていうのかな、今回の『Big fish』が「すごく機械的な音に聴こえるのになんでこんなに人肌な感じなの?」っていうところは、みんな共通して感じてることなんじゃないですか? もっとひんやりしたサウンドになっていてもおかしくなかったのに、なぜこんな湿度があるのかと思うんです。

 

王舟 そうなんですよね。おれも聴いて「なんでこんなに湿度あるの?」って思ったんです。

 

──今日ぼくは『ビッグ・フィッシュ』見てきたでしょ? そのなかで「humidity」っていう英語が出てきて、日本語で「湿度」なんですよ。そのときに「あれ? これ『human』って単語と頭の3文字おなじじゃね?」って思ったんです。それで調べたら、湿度の「humidity」と人間の「human」の頭の「hu」っておなじ語源だったんです。

 

王舟 へえー。

 

──「hu」ってのが「地面」とか「大地」って意味で、地面が湿るから「humidity」で、地面に立って暮らす人だから「human」だったかな。それって今王舟くんが言ってた音の湿度感の謎と通じてることかもしれない。

 

王舟 へえー。おれは自分では「なんでこうなるんだろ?」ってずっと思ってたんですけどね。もっとカラッとさせたいのに、って。でもそれ、おもしろいですね(笑)

 

(おわり)

 

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もう一度前半を読むのはこちらから。

mrbq.hatenablog.com

池田俊彦の世界にようこそ。/T.V. not january『ふつー』発売記念インタビュー その1

 池田俊彦こと「池ちゃん」と初めて話したのはいつだったか。Hei Tanakaが3人で初めてライヴをやったのは2012年の日大芸術学部での「プチロックフェス」だったけど、そのときだったっけ? もしかしたら、それ以前から知っていたような気がする。

 

マッシュルームふうのヘアスタイル、大陸ふうのひげ、ずんぐりとした体格、そういう基本要素はそのときから変わってない気がする。そのうちHei Tanakaのドラマーとしてだけでなく、T.V. not januaryのメンバーであり、ソロで「おれ、夕子」を名乗るシンガー・ソングライターであり、イラストを描かせれば抜群に味のある名人だとも知った。

 

でも、そうやってあとで知ったことよりも、「この人のことをずっと知ってるような気がする」と思わせることのほうが「池ちゃんらしさ」をかたちづくってるような気がずっとしてた。人なつっこくて、陽気で、酒飲みで、だけど、気い使いで、なんとなく小心で、人がひとりでいたいときがあることのたいせつさも知っていて。なぜかはわからないけど「子どものころにこういうクラスメートがきっといた」という気がする。だから、どういう出身の人で、どういうバンド歴があって、とかが、ぜんぜん気にならなかった。そう感じてる人って、ぼくだけじゃないと思う。

 

今回、T.V. not januaryのアルバム『ふつー』発売にあたって、バンドとして話を聞きたいという気持ちも強かったんだけど、いい機会だから池ちゃんの話を聞いてみることにした。池ちゃんのことをぼくも知りたいし、みんなにも知ってもらったら、そこから見えてくるバンドのこともあるはずと思う。

 

インタビューには、思い出野郎Aチームトロンボーンにして、今回『ふつー』のジャケット・デザインを担当した山入端(やまのは)祥太くんに加わってもらうことにした(取材の数日前にぐうぜん中野のディスクユニオンで会ったので)。

 

まずは第一回。池田俊彦の世界にようこそ。

 

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ちなみに、いつもの取材だと子どものころの写真とかいろいろ出してもらうんですが「秘蔵写真お願いします」と池ちゃんにお願いしたら、「アイドル?」と思うほど最近のいろんな写真送ってきてくれたので、それを毎回掲載してみます。

 

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──T.V. not january(以下T.V.)やHei Tanakaでの活動を通じてのミュージシャンとしての姿や、独特の味わいのあるイラストを描く人としても池田俊彦のことを認識してる人は少なくないと思うんですけど、あらためて「あれ? 池ちゃんってどこから来たどういう人だっけ?」って、これまでちゃんと言葉になってなかった気がして。なのでT.V.の新作『ふつー』リリースを記念して、池ちゃん本人にいろいろ聞いてみようという企画です。さらに、今回『ふつー』のジャケット・デザインを担当した山入端祥太くん(思い出野郎Aチーム)にも話に加わってもらいました。

 

山入端 なんか、池ちゃんって誰とでも仲良くなるよね。

 

──いろんな前提なく、人の気持ちにすっと入ってくるというか。

 

池田 前提がない?

 

──どこどこの出身で、こういうものが好きで、みたいな前置きがいらない付き合いがいきなりできる人という感じなんですよ。

 

山入端 そうそう。池ちゃんを知ったのは、Hei Tanakaと思い出野郎が対バンした日(2017年7月12日、青山WALL&WALL「タイワンド&ダンスに間に合う 7inch Release Party」)で、そのあと長岡(智顕)と池ちゃんがmeiちゃん(mei ehara)のバンドで一緒になった頃に初めて飲んだんだっけ?

 

池田 青山のときにも一緒に打ち上げ出てるけどね。

 

山入端 そうだ! あのときはおれはまだ思い出野郎に復帰してなくて、客として行ってたんだよね。

 

──ああ、あの日、ぼくもいましたね(笑)。打ち上げの会場がなかなか決まんなくてひたすらうろうろしてたときに、山さん(山入端)があちこち電話して最終的に店を見つけてくれた。「なんて有能な人なんだ!」って思ったの覚えてます。

 

池田 あれ、山さんがやってくれたんだ! おれはおれでそんなに思い出野郎と面識なかったのに、Heiのメンバーがみんな帰っちゃったからおれだけでも残っていこうと思ってて。だから、あのときみんなについて行きながらじつはすげえ緊張してたんだよね。

 

山入端 そうだったんだ。

 

池田 店まで歩いてるときに思い出野郎の岡島(良樹)くんが気を遣って、おなじドラマーとしておれに話しかけてくれてたんだけど、おれ、ドラマーとしての機材の知識とかゼロだったから、「そうなんですね」とか相槌打ってたらそのうち会話もなくなって、徐々に前に離れて行って(笑)

 

山入端 そうか、あの夜かー。でも、おれは池ちゃん自身は、馨さん、シャンソンシゲルとの3人編成だった最初のHei Tanakaから見てるんだよね。〈月刊ウォンブ!〉(2013年6月25日、渋谷WOMB)のとき。リング上にドラムセットがふたつ左右に並んでて、超衝撃な演奏で感動したもん。

 

 


Hei tanaka 2013/06/25 月刊ウォンブ!

 

──山さんはあの頃、普通にこのインディー・シーンのファンとしてあちこちで会ってたもんね。

 

山入端 でも、それとは別に池ちゃんのことは絵がうまい人としても知ってたんだよね。似顔絵描くイベントで見かけたのかな?

 

──ぼくが池ちゃんの絵のうまさを知ったのは、6人になってからのHei Tanakaが渋谷WWWで初めてやったライヴ(2016年1月14日、「列島は世界の雛形 ~あの世のザッパに教えたら なんて言うだろ?~」)のフライヤーでしたね。

 

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池田 あー! あれは本当にがんばって描きましたから! 本気を出すとああいうのが描けちゃうんです。

 

──いやー、なかなかあそこまで際立った絵はいくら本気になっても素質や下地がないと描けないですよ。なので、そういうところの謎も含めて、今日は池ちゃんの半生をたっぷり教えてください。まずは、そもそもいつどこで生まれた人なんでしたっけ?

 

池田 1983年の生まれで、出身は大分県の南のほうにある佐伯市という街です。竹内力さんの地元でもあります(笑)。あと、ダイノジのふたりが出た高校も佐伯市ですね。

 

山入端 池ちゃん、おれより年上なんだよね。最初は年齢がぜんぜんわかんなかった。

 

池田 歳はわかんない、ってよく言われる! でも、大分にいた高校時代に、外国から来た先生の家でホームパーティーがあって、おれもそこに行って酒も飲まずにがんばって一緒にダンス踊ったりしてたら、そこにいた30代くらいのお姉さんたちにおれはおない年くらいって思われてた、ってエピソードもあった(笑)。そういうことは昔からあったから、いまやっと実年齢に追いついてきてる感はある。

 

──早くに大きくなった子どもだったのかな。

 

池田 そうかもしれないですね。身長はいまくらいでしたけど体重は30キロ少なかったです。

 

──早く大きくなる子ってガキ大将になるパターンもあるけど、意外と内向的になるというパターンもありますよね。

 

池田 おれは、どっちかな。どっちもあるというか。精神的にはすごく弱かったけど、それを補うために強く生きようとしたところはあるかも。

 

山入端 なんかそれ、わかるわ。

 

池田 外ではみんなと遊ぶけど、家ではすごく静かにしてた(笑)。音楽ずっと聴いてたり。

 

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──そのころはなにを聴いてました?

 

池田 小学校のときに好きだったのはTHE YELLOW MONKEYですね。初めて買ったアルバムもイエモンのベスト盤で、ずっとそれを聴いてました。歌謡曲っぽく感じていてすんなり入れたというのもあるし、あのセンスが大好きでしたね。だから、活動休止するまでの曲のイントロドン!やったら、めちゃくちゃ答えるの速いですよ(笑)。アルバムの曲でもコンマ何秒でいけます。

 

──とはいえ、吉井さんの歌詞の世界観とかを考えたら小学生ではずいぶん大人びてますよね。

 

池田 確かに。いま考えるとかなりエロチックでしたね。でも、その後、中学~高校時代は友達の影響もあって、Hi-STANDARDとか静岡のGOOFY'S HOLIDAYとかヌンチャクとか、メロディック・パンクとかハードコア寄りの音楽を聴くようになりました。実家にケーブルテレビが導入されてからは、THE MAD CAPSULE MARKETSのMVを録画したり、いろいろなミュージシャンのMVのなかでスケボーやってる動画見てかっこいいなって思ったり。スケボーは中学の頃からもうやってたので。

 

──さっきの話からすると、外では活発な子どもだったんですもんね。学校の部活はなにを?

 

池田 小学校では陸上で、中学ではバレー部でした。本当は、兄貴が吹奏楽部だったんで「入れば?」って言われてたんですよ。陸上もやめようと思ってたし、音楽いいかもって思ってたんですけど、小6の春休みに、中垣内(祐一/当時の全日本のエース)がズバーン!ってスパイク打ってるのをテレビで見て、「バレーボールかっこいい!」って思っちゃったんです(笑)

 

──お兄さんが吹奏楽部だったってことは、池田家にも音楽的な要素はあったんですね。

 

池田 そうなんですけど、音楽的な指向がぜんぜん兄貴とは違ったから。おれは初めて楽器に触れたのは、小5か小6でした。親戚のおばちゃんにもらった白いクラシックギターですね。仮面ライダーが背負ってるようなやつ(笑)。それをもらって帰って、2コ上の先輩に教わってスピッツの「空も飛べるはず」のイントロを練習しました。

 

山入端 ギター、小5って早くない?

 

池田 なんだけど、コードのFが押さえられなくて挫折して弾かなくなって。中学生のころに熱中してたのは、どっちかといえば、やっぱりスケボーでしたね。田舎だったから周りに楽器できる子も少なくて、バンドもできなくて。でも、中学でエレキギターを友達からもらったんです。雑誌のうしろのページに載ってるような安いモデルでしたけど。それでFを克服して、また弾きはじめました。いまでもFはうまく押さえられない(笑)

 

山入端 最初はギターなんだね。ドラムじゃなく。

 

池田 ドラムは叩けなかった。叩きはじめるのは高校卒業と同時に東京に来てからですね。もちろんそのときもギターを背負って、バンドをやるつもりで(笑)

 

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──上京するにあたってのビジョンっていうか、「なんかやるぞ!」みたいなのはあったんですか?

 

池田 そうですね。本当は親はもしかしたらいい大学に入って~みたいな期待してたかもしれないんですけど、おれは本当に勉強嫌いで次男で受験からもドロップアウトしてたから、とにかく東京に行くためだけに大学を選びました。そのときに経済学部みたいな門戸の広い学部には行きたくなくて、それで國學院神道学部を選んだんです。そこで神主になる修行をしてたんですよ。

 

山入端 えー! そうなんだ!

 

──それは知らなかった。ちょっとは修行もしたんでしょ?

 

池田 夏に数日ですが伊勢神宮とか明治神宮に泊まり込みで修行しましたね(笑)。朝4時に起きて、禊をして。

 

山入端 へー!

 

池田 おれは完全に興味だけで来ちゃったけど、他の生徒はだいたい神社のご子息なんですよ。だから、おれが行くところではなかったんです。途中でもう神主にはなんないと決めたんですけど、ずるずると大学にはいて、5年行って中退しました。クズ野郎ですよ(笑)

 

──でも、5年は行ったんだ。

 

池田 粘ったんですよ。

 

山入端 おれも6年行って(多摩美を)やめてるから。

 

──ぼくは7年行って卒業しました。この場はなかなかのクズの集まりってことで(笑)。まあ、それはいいとして、上京して音楽をやる気持ちはどうなったんですか?

 

池田 とにかくバンドをやるつもりで行ってるから大学もめちゃめちゃサボってて、立正大学フォークソング部に入り浸ってました。そこが、めちゃくちゃパンク好きなやつが多かったんですよ。学内だけじゃなく外でライヴやってるバンドもいくつかいて、やさしいモヒカンの人とかもいて。なぜ立正だったかというと、同時期に上京した同級生とよく東京でも遊んでて、そのうちのひとりが立正大に行ってて「うちのサークルおもれえよ」って教えてくれて。

 

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──時系列を確認しておくと、いま話してるのは21世紀に入ったくらいですよね。

 

池田 そうですね。大学におれが入ったのは同時多発テロ(2001年)のあとでしたね。

 

──でも、まだそこからT.V.結成までは時間が結構あるような。

 

池田 あ、でも、その立正大でT.V.とはつながってくるんですよ。立正大ってキャンパスが熊谷と大崎にあるんですけど、学祭は熊谷なんですね。で、おれは立正大とは関係ないんだけどフォークソング部でバンドをやってたもんだから、一緒に出たりしてて。その熊谷キャンパスのほうに本島(航)と横ちゃん(横田川純也)が通ってたんです。

 

山入端 へえー!

 

池田 おれが行くようになったころはまだ本島しかいなかったですけど。当時はあいつは超無口でしたね。おれのこと嫌いなんだろうなって思うくらい話をぜんぜんしたことがない関係だったんです。でも、おれが大学5年目の年に本島が小岩の「em7」ってライヴハウスでバイトしてたんですよ。でも、あいつの家は熊谷で、小岩でバイト終わっても帰れないから、当時都内に住んでたおれの家に泊まりに来たんですよ。そんなに仲良くないのに(笑)。でも、そこで「横田川っていうおもしろい歌を作る後輩がサークルに入って、いまそいつを手伝ってるんですよ」って音源を聴かせてくれたんです。

 

山入端 後輩なんだ。

 

池田 で、それを聴かせてもらって、「どうすか?」って聞かれたんですけど、あんまピンとこなかった(笑)。そのとき聴いた横ちゃんの曲は、純粋でストレートで。

 

──それはいまのT.V.の根幹にあるものだったりしますよね。

 

池田 その頃は拍子とか音色が変でグチャッとしてて真っ直ぐじゃないものに強く惹かれていて。もちろん横ちゃんの曲はすごくいいと思ったけど、そのときは素直に受け取れる精神状態じゃなかったのかもしれないです。でも、本島は絶賛してましたね。横ちゃんの作るものの純粋さがわかったんでしょうね。おれはその点、不純だったんだと思います(笑)

 

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(つづく)


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本日! 渋谷WWW! このインタビュー読んで駆けつけても間に合う!

 

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王舟と「大きな魚」の話をした。/王舟インタビュー その1

 王舟と『Big fish』の話がしたいと思った。それは彼の最新アルバムの話ってことなんだけど、他にもいくつか思い当たるフシがあった。たとえば、ティム・バートンが2003年に撮った映画『ビッグ・フィッシュ』。その題名の語源でもある「Big fish」は、英語で「ホラ吹き」みたいな意味だと聞く。そういえば、王舟の音楽自体、現実と空想の境目を曖昧にしてにじませる音楽的なホラみたいなところがある気がずっとしてた。


 せっかくのインタビューだから「どういうふうにこのアルバムを作りましたか?」って話をもちろんしたわけだけど、インタビューの途中で「一番アルバムに入れたかったけど結局入らなかった曲」の存在がぼんやりと浮かび上がってきたあたりから変なギアが入ったような気がしてきた。その曲を知らないぼくには、それがまるで王舟の語る「大きな魚」のようにも思えたのだ。

 

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写真:松永良平

 
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──今日は王舟くんのインタビューする日だったんで、今朝からあらためてティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』(2003年)を観直したんですよ。もちろん、アルバム『Big fish』のレコーディングに使ったスタジオの名前がBigfishだった、という話でもあるんだけど、もしかしてあの映画の内容って、このアルバムにもしかして関係あるんじゃないかと思って。

 

王舟 間接的に関係がありますよ。俺もあの映画はだいぶ前に観て、好きでした。今回はなんとなくアルバムのタイトルに「Big」って付けたかったんですよ。スタジオの名前がそうだっていうのもあるし、「ビッグ・フィッシュ」って言葉自体に「ホラ吹き」みたいな意味合いがあるけど、Bigfishの柏井(日向)さんもあの映画から名前を取ってて、「いつかデカい魚を釣ってやる」みたいな気持ちがあるらしくて。そういう一連の話がおもしろくて、タイトルにしがいがあったんです。映画の話も含めて、いろいろつながったかな。

 


Big Fish - Trailer

 

──観たのは昔だってことですけど、(映画は)どのへんが響きました?

 

王舟 そのときはあんまピンとこなかったけど、何か色彩とかが印象に残ってて。特にお父さんが若い頃を回想したシーンが、そんな感じじゃないですか。ファンタジーみたいで、印象がずっといいんですよ。

 

──ちなみに、今回Bigfishで録るというのは誰のアイデアだったんですか?

 

王舟 それはおれですね。シャムキャッツがそこで録ってるときに遊びに行ったことがあって、エンジニアの(田中)章義くんがいまはBigfishにいるって聞いたんです。今回は曲を具体的に作り上げる前に「エンジニアをどうしようか」って悩みがあったから、そのときに章義くんを思い出して、今回Bigfishで、章義くんとやらせてもらえませんかと相談しに行きました。そうはっきり決めてからは、作業自体もおれがかなり主導で進めました。

 

──今回は王舟自身がいつも以上にイニシアチブを取って作ったアルバムだって印象があるんです。もちろん、前作の『PICTURE』(2016年)だってひとりの宅録で作ってるわけだからそれとおなじでしょ、って見方もあるかもしれないけど、バンドサウンド宅録という手法だけじゃなく、もっと作られ方としての違いを感じました。

 

王舟 『PICTURE』のときは、イニシアチブというよりは機材面も含めてやれることをやるので精一杯な感じだったけど、今回はちょっと周りの人も巻き込んで外に出て行こう、みたいな意識はあったんです。だから、誰に頼むとか、どういうふうにやるか、みたいなことを事前に考えたりしましたね。

 

──BIOMANと作ったアルバム『Villa Tereze』(2017年)のときの共同作業が、そういう面で影響を与えたというところはあります? お互いにそういう話をしてたとか?

 

王舟 いや、それはぜんぜんなくて(笑)。BIOMANはneco眠るでやるときは「自分がやらなきゃ」みたいなところがあるだろうけど、おれとふたりでやったときは、わりとなりゆきにまかせてるように見えたから、おれのほうがちょっと準備しとかないと、って感じでした。おれのほうがイタリア2回目だったし、一回分だけイタリアの先輩だったから、というのもあったかな。BIOMANはおれが現地でライヴやる時に緊張してると「がんばったらええやん。それより飲もうや」みたいなわりとおおらかな雰囲気を作ってくれて、そこはとてもよかったけど(笑)

 


Oh Shu & BIOMAN / Villa Tereze ( Official Digest Movie )

 

──でも、その「自分がやんなきゃ」感は、『Big fish』にもつながってるのでは?

 

王舟 『Villa Tereze』でも、デモをめちゃくちゃたくさん作ったんですよ。でも、最初に奈良の東吉野で合宿したときにBIOMANが作ってきたデモを聴いたら、おれが作ってたのとはだいぶ違うなって感じで、そこからまた一回方向転換したりしたんです。だから、曲のことを考えるきっかけは多かったかもしれない。

 

──そのとき候補にならなかった曲が今回のタネになった、みたいな部分もあるでしょ。

 

王舟 そうですね。そのときかたちにしなかった曲で、そういうのはあります。でも、「今回これがやりたい」みたいなのは、おれはないんですよ。「何をやったらいいか」とか「これやりたい」みたいなことがないから、逆に最初のフォーマットを決めたいのかもしれない。いざ作業をやりだすとおもしろくなるんで。とにかく作業をやり始めるところまで持っていきたいんだけど、それがなかなか難しいんです。

 

──『Big fish』を作る前に、シャムキャッツの夏目(知幸)くんに40曲くらい候補を聴いてもらったというエピソードがありますよね。まず「そんなに作ってたんだ!」っていうのが単純な驚きとしてもありましたけど。

 

王舟 いまはぜんぜん作ってないんですけど、そのときはいっぱい作ってました。決定打っていうか、「この曲をメインにしたいな、って思うくらいの曲ができないかな」って思ってずっとやってたら曲が増えていった感じです。

 

──結局、その決定打はできたんですか?

 

王舟 いや、じつは決定打になりそうな曲は、かなり前からあったんです。それをアルバムに入れたいんだけど、そしたらバランス的に他はどんな曲を入れたらいいのかわかんない、というタイプの曲。結構、宅録っぽいやつで。夏目くんにも、「好きな人はすごく好きな曲なんだけど、アルバムに入れるとちょっと影響力が強いし、ライヴ映えもしなさそうだよね」って言われて。たしかにその通りだなと思って結局外しました。なので、それとは別方向で、その曲が入らなくてもいいくらい曲を作っていこうと思って、また次の決定打を探すことになるからどんどん曲が増えていったんです。「Thailand」も昔バンドやってた時に「これ、おもしろいのできたな」っていう曲を聴かせようと思ったときに、「ちょっとわかりづらいかもしれないから、保険でポップな曲もつけとこう」って思ってのがきっかけで初めて人に聴かせた曲なんで。

 


王舟 "Thailand" (Official Music Video)

 

──ということは、『Big fish』に入った曲は、その一番好きな曲があらかじめあって、それとはまた違った方向に伸びていった結果でもある。

 

王舟 そうですね。しかも、その入れたかった曲はイタリアでアルバムを作るときに、「この雰囲気で作ろう」と思ってできた曲だったんですよ。でも『Villa Tereze』には、その曲じゃない感じの他の曲を付け加えて世界観を作ろうと思ってやってたら、結局、肝心のそいつは入らなくて、ひとりになっていた、って感じなんです。

 

──なんか不思議な感じですね。結果的に『Villa Terese』や『Big fish』になったアルバムの曲を、離れたところでぼんやりと見てる曲があるという。

 

王舟 おれが好きなタイプというか、「Moebius」とかに近い感じの曲なんですけどね。ポップさがあんまりなくて、ちょっとストイックな感じがあるから。

 

──そういうタイプの違う曲が自分のなかにあることで、作業上の葛藤とかはないんですか?

 

王舟 あるけれど、そういうときは、やり直しするしかない。困ったときは全部イチからやり直し。ひとりで自分のために作曲してると客観的な意見を自分で持つのが難しくて、だから夏目くんに聴いてもらってラクになったというのはあります。考えれば考えるほど、自分が自分に甘えちゃうから。

 

──自分が自分に甘える?

 

王舟 一対一で他人としゃべってるときに甘えられたとしても、「この人はいまこういう状態なんだな」って外から見れる感じがあるんですけど、この場合は自分の内側に相手が発生しちゃってるから、そっちの言うことに引っ張られちゃう。それが外から見たら「自分に甘い」ってことなんですけど(笑)。なので、「これはこれで置いといてもう一回ゼロから作りましょう」というのは結構よくやるんです。だから曲がいっぱい増えちゃう。

 

──その話で言うと、7インチの「don't hurt pride / Muzhhik」を去年の暮れに出したでしょ? 普通だったら、ああいうシングルのA面は、アルバムのリード曲だったりするじゃないですか? じっさい、すごくいい曲だし。でも、あの「don't hurt pride」は結局アルバムに入ってないし、予告ということではなかった?

 

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王舟 あれは、夏目くんが「この曲、クリスマスみたいな時期にシングルで出したらよさそうだよね」って言ってたから、それで出したんです。あの曲もアルバムに入れるとしたらちょっと困っちゃうタイプだったんですよ。でも、「シングルならありだな」と思ってて、そこに「Muzhhik」を一緒に出すっていうのも、それぞれぜんぜん違う曲だし、おれの曲っぽさもあるけどいつもとは変わってる感じもあるから、ちょうどいいなと思ったんです。あの2曲を作ってる時点では、アルバムにどういう曲を入れるかも、まだ決まってなかったから。

 


Oh Shu "Muzhhik"(Official Music Video)

 

──そうなんですね。だからかな、すごく新鮮だし異色な感じがしたのを覚えてます。

 

王舟 どっちかというと、「don't hurt pride」を一回自分から手放すためにシングルで出す、という感じでした。あんまりこの曲をどうするかをこれ以上考えたくなかった。

 

──それもおもしろいですよね。アルバムとしての世界観から切り離された場所にこういう曲がいくつもあって、それぞれが完成して、息してる感覚というか。

 

王舟 いままでは「できた曲をアルバムにする」という流れだったんですけど、今回は事前に曲がいっぱいあったから、アルバムにしたらどんな感じになるかって組み合わせや曲順を考えることとかをすごくやってて。その過程で「don't hurt pride」や、一番最初の決定打だった曲とかは、やっぱりハマんないなという結論になったんです。その代わりに、結果的に『Big fish』になった曲を入れてみたら、「これはこれで意外とありかも」みたいな感じになって。そうやって曲順をちゃんと考えて、メンバーを呼んでベーシックを録ってから、その音源を家に持ち帰って、そこからヴォーカルを録り、いっぱい音を付け加えるみたいな作業をしました。

 

──そういう流れだったんですか。

 

王舟 そうですね、今回はSTUDIO SUNSHINEと七針で北山(ゆう子)さん、千葉(広樹)さん、潮田(雄一)くん、mmm、おれの5人でベーシックを3日間くらいで録って、上物とヴォーカルとかはおれが家で全部やる、みたいな作業でした。その3日間で録れるものは全部録っちゃうという制約だったんです。その段階ではまだ「曲の骨組みは決まってる」くらいの感じです。「Come Come」「Sonny」「Higher Night」はシンプルなんで曲のイメージは最初からわかったけど、たとえば「Tamurou」は、北山さんにドラムを叩いてもらった時点ではまだぜんぜんアレンジができてなかった。北山さん、デモでおれが打ち込んだドラムから、よくこんなに音を拾って叩いてくれたな、って感動しました。北山さんのドラムのプレイで曲の骨組みが決まったり、変わったりもあったし、千葉さんにも3曲くらいベースで入ってもらったらアンサンブルがすごくしっかりして、それでまた自分のアレンジの方向性をもらったりとか。もともと固まってないものを、録れた音で固めていくという感じでした。

 

──『Wang』はバンドでずっとライヴでやってきた曲をレコーディングでもやって、『PICTURE』は他人の手をいれずにひとりですべての音をやって。そう考えると、今回はまたぜんぜん違う作業ですよね。ファーストとセカンドの中間とも言えない。

 

王舟 だから、今回ベーシックを録るときに、マジでどうなるんだろう、ってずっと思ってました。その時点ではまだ30、40%くらいしかできてなくて、音を録ってようやく50%くらいって感じ。でも、去年HALFBYさんのアルバム(『LAST ALOHA』)にヴォーカルで参加したときに、デモが送られてきて歌ったんですけど、仕上がってきた曲(「くり返す」)を聴いたらぜんぜん違う感じになってて、そういう作り方もありだと思ったんですよね。そういう意味では、今回の作業はトラックメイカー的なところはあるかもしれない。

 

──うれしいことに『Big fish』ってリリースされてからの評判がいいじゃないですか。でも、そんなずっと未完成な感じでアルバムの作業が進んでいたと思う人はあんまりいないかも。「この音の配置が絶妙」っていう評価も多いじゃないですか。

 

王舟 完成予想図があって組み立てていくというより、このアルバムはもうできている土台(ベーシック)に対してのいろいろなトライ&エラーの結果なんですよ。だから、今の自分の「勘」による部分が大きいです。でも、作業としてはセカンドのほうが大変でしたね。あのときは全部自分の音だから、全部自分で思いつかなくちゃいけなかった。自分の音を基準にもうひとつ別のアイデアを思いつく、みたいな作業が孤独で大変でした。逆にファーストの『Wang』(2014年)では全部他人の音で、それをミックスするとなると「他人の音を大事にしなきゃ」みたいな思いが強すぎて、自分ではあんまりうまくいかなかったから、奈良に行ってKCさん(岩谷啓士郎)に全部やってもらったし。今回は違う人の音がすでに入ってる状態で、なおかつ自分で音を加えられる自由度は高いから、やりやすかったですね。音に客観性があった。

 

──それはBIOMANとの共作も含めて4枚のアルバムを作ってきて、自分なりにつかんだやり方だとも言えます?

 

王舟 つかんだというか、やっぱり毎回ちょっと「こんなこと、できるかな?」と思うことをやろうとしてるから。意外とそれがうまくいった、って感じです。

 

(つづく)

 

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《LIVE SCHEDULE》


2019.07.05 Fri
王舟 “Big fish” release party
会場 大阪CONPASS
開場 19:00 開演 19:30
前売 3500円
LIVE:王舟(バンドセット)

 

2019.07.14 Sun
王舟 “Big fish” release party
会場 渋谷 WWW
開場 17:30 開演 18:30
前売 3500円
LIVE:王舟(バンドセット)

『ソング・サイクル』から見ると世界は

このほど季刊にリニューアルした「CDジャーナル」。ぼくがライターとして仕事はじめてから十数年、途切れず原稿を書いてきた雑誌だし、当時編集部員だった川上くんがいまは編集長になっていて、とりわけ2010年代に入ってからはいろいろな企画を実現させてもらってきた。

 

リニューアル前の最終号で7年続けた連載「CDじゃないジャーナル」は終了させることにしたけど、またあらたになにかやりたいという気持ちがあった。その企画の腹案を話したのが、今年の春のはじめ。川上くんは「いったん持ち帰らせてください(保留)」と言った。

 

じつはその企画は突然思いついたわけじゃなく、ここ何年か、いやへたしたら十何年かぼんやりと考えていたものだった。だけど、どういうかたちがベストなのか確信が持てずにいたのだ。

 

それは、最初にある名盤を「1位」と認定してしまって、それを頂点として、以下に続く影響下のランキングを並べていくというもの。

 

仕事柄、特定のテーマでランキングを投票で決める企画に参加することがある。雑誌の特集でディスクガイドの選定は任されることもすくなくない。それはそれでいつも楽しんでやってはいるのだが、そこで求められてる公平性/並列性(投票の場合は結果としての順位の絶対性)とは別に、もうひとつのやり方を考えてしまうのだ。

 

そのランキング、ある意味もっと相対的に、井戸端会議的に決めて提示できないもんだろうか? 権威的にやるんじゃなく、世話焼きというか、おせっかい的に。そういう気楽さと、歴史的意義や背景よりもいまの実感に沿った「次に聴くべきランキング」を求めてるリスナーはかなりいるはず。

 

そこで考えたのが、「先に1位を固定してしまうランキング」だった。ある名盤を頂点とした現代的系譜って時を順々に追うのではなく、もっと飛び火したものだろう。それをああでもないこうでもないと話しながら決めていく会話から、いろんなヒントをつかむことができるんじゃないか。

 

そのコンセプトのもとで、「この盤ならこのひと」で話を聞いて、あたらしいベストテンを勝手に決める、ということをしたかった。

 

結局、編集部からは「とりあえずパイロット版として“第0回”で」という許可をいただいた。ゲストは初のソロEP「Killaak」をCD/アナログでリリースしたばかりの佐藤優介(カメラ=万年筆)。

 

そして、優介くんにベストテン選定をお願いしたのは、彼が敬愛するヴァン・ダイク・パークスのファースト・ソロ・アルバム『ソング・サイクル』(1968年)。ちょっと誤解されている人もいたけど、彼が「ソング・サイクル」を1位に選んだんじゃない。「ソング・サイクル」を1位に固定して、そこからランキングを考えてみようよと、ぼくが誘ったのだ。

 

ちなみに「CDじゃないジャーナル」も、最初に企画を出したときは「とりあえずパイロット版で」との判断で、やはり“第0回”のゲストはヴァン・ダイクだった。細野晴臣さんのLA公演を見に行ったとき、会場に来ていたヴァン・ダイクに優介くんの「Kilaak」も渡したので、ぼくとしては完璧にスジが通った。

 

連載タイトルは、ちょっと迷ったけど「ぼくときみの/未来のザ・ベストテン」に決めた(“/”のところで改行するイメージ)。タイトルロゴは、ぼくの名刺のイラストも描いていただいてる漫画家の谷口菜津子さんにお願いした。

 

以下、初回のランキングを公開する(編集部、佐藤優介くんからの許可は得ています)。

 

1 ヴァン・ダイク・パークス / ソング・サイクル(1968)
2 ビーチ・ボーイズ / スマイル(1967/2011)
3 ムーンライダーズ / ダイア・モロンズ・トリビューン(2001)
4 ビートルズ / マジカル・ミステリー・ツアー(1968)
5 伊福部昭 / OSTわんぱく王子の大蛇退治』(1963)
6 タイラー・ザ・クリエイター / IGOR(2019)
7 アレハンドロ・ホドロフスキー / 映画『エル・トポ』(1970)
8 ヴァン・ダイク・パークス&ニルソン / OST『ポパイ』(1980)
9 ピンク・フロイド / 夜明けの口笛吹き(1967)
10 佐藤優介 / Kikaku(2019)

 

次点
スフィアン・スティーヴンス / イリノイ(2005)
ヴァン・ダイク・パークス / スーパー・チーフ(2013)
ヴァン・ダイク・パークス / OSTバレエ・カンパニー』(2003)

 

優介くんとぼくが迷い道しながらランキングを決めてる模様は、いま発売中の『CDジャーナル』2019夏号(King & Princeと田亀源五郎のW表紙)に2ページで載っている。優介くんが「企画を通して自分史的な内容にもなってる思います」とツイートしてくれたのはうれしかったし、第1回(正式連載決定!)以降もそうありたい!

 

なお、この連載の企画のことをぼんやりと考えはじめた本当の発端は、たぶん、21世紀のはじめ。安田謙一さんがなにかのコラムでジョン・アーヴィングの『ガープの世界』について書いていた文章がきっかけだったかもしれない。

 

その文章のなかで安田さんは、『ガープの世界』の原題は「The World According to Garp」といい、「ガープから見ると世界は(こう見える)」だったと紹介していた。その一節を読んで、自分が書きたいのもそういう世界のことかもしれないと、ふっと背中を押されたような気がした。これまでもそんなことをおおむねしてきた気もするけど、今回この企画を推し進めるにあたって、またそのことを思い出したのだった。

 

第二回はだれとなんの話をしようかな。

 

最後に佐藤優介と松永良平で決めた『ソング・サイクル』から見たベストテンのヴィジュアル、並べときます。

 

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2019年5月の「オヒルノオト」選曲

JFN(ジャパンFMネットワーク)で放送の番組「Simple Style -ヒルノオト-」にて、12時過ぎからの「オヒル オト(お昼の音)」というコーナーで5月の毎週水曜日、全5回でそれぞれテーマを立てて選曲をした。あらためまして、そのリストを公開。

 

5/1「平成31年より愛をこめて」

 

1. yojikとwanda / らぶ♡れすきゅー

2. 柴田聡子 / 涙

3. SHY FX / Rudeboy Lovesong

4. Coff / With Love

 

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4ヶ月しかなかったけど平成31年も忘れんなよと、よりによって令和元年初日に選曲。「愛をこめて」なんで一応ラブソング縛りで。

 

 

5/8「アフター・ザ・ロンゲスト・ヴァケーション」

 

1. YOSSY LITTLE NOISE WEAVER / Talking About Love

2. Emitt Rhodes / Put Some Rhythm To It

3. Vashti Bunyan / Hidden

4. INO HIDEFUMI / 東京上空3000フィート

 

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10連休が終わって復帰のペースつかめない人のために、長めのブランクを経て出たいい作品から選曲。INO HIDEFUMIさんは初めて全曲歌のアルバムを出したということで、生まれてからいままでを「休暇」と見て。無理矢理だったけど、かけたかった。

 



5/15「音楽のショートショート

 

1. Shuggie Otis / Happy House

2. Todd Rundgren / Does Anybody Love You?

3. Maurice Williams & The Zodiacs / Stay

4. Lantern Parade / おばかさん

5. Jorge Ben / Balanca Pema

6. シャーペン / コントラスト

7. Talking Heads / Who Is It

8. never young beach / 思うまま

9. Bethlehem Center Children Choir / I’m A Special Kid

10. Marvin Gaye / I Wanna Be Where You Are

11. 大瀧詠一 / おもい

12. Jerry Paper / Gray Area

 

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前の週が「ロング」だったので、今回は「ショート」で。約17分で可能な限り曲をかけることを目標に選んだ12曲。ただし、イントロやインタールードはNGで曲として独立してること前提だし、なんとなくつながっている。

 

 

5/22「残像に口紅を

1. The Free Design / Bubbles

2. Reggae Disco Rockers / 蜃気楼の街

3. The Stark Reality / Too Much Tenderness

4. The Cosmic Rays With Sun Ra And His Arkestra / Dreaming

5. 王舟 / 虹

 

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王舟の「虹」をかけたくて、逆算で考えたテーマ(消えてゆくもの、虚ろなものをかたちにできるのが音楽)。順番は、泡、蜃気楼、やさしさ、夢、虹。タイトルはもちろん筒井康隆先生から拝借。

 

 

5/29「架空のサウンドトラックを作る」

1. Khruangain / People Everywhere

2. O Terno / O Orgulho e o Perdao

3. Femina / Arriba

4. Frank Zappa / Zoot Allures

5. Yoshiro Hiroishi / Elly Mi Amor

 

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キュアロンの映画「ROMA」のサントラ(映画のためのスコアではなく、劇中の生活や街なかで流れている曲をサントラに)に触発されて。お題は斎藤潤一郎「死都調布 南米紀行」。なので、まるでお昼に似合わない選曲になったけど、気に入ってる。