mrbq

なにかあり/とくになし

1999年11月のある日、あるバンドと

あの夜も11月だったなと思い出す。 1999年11月のある日、ニューヨークのペン・ステーションからコネティカット州ハートフォードに向かった。 途中の駅で降り、車で迎えに来てくれていたトムとジョニーと合流した。 今夜、バンドはコネティカットの地元テレビ…

ニュー・ビヴァリー・シネマにて

過日、LAにあるニュー・ビヴァリー・シネマに出向いた。 ニュー・ビヴァリー・シネマのオーナーは、クエンティン・タランティーノ。連日、彼好みの映画が上映される。もちろん可能なかぎりすべて35ミリ・フィルムで。金曜の夜はミッドナイト・ショーもある。…

ザ・ロスト・ウィークエンド

報せは突然だった。 カリフォルニアのウェスト・ハリウッドにあるライヴハウス、ラルゴで、2015年5月8日、9日の二夜にわたって、ヴァン・ダイク・パークスが“ラスト”・ライヴ〈ザ・ロスト・ウィークエンド〉を行うというのだ。 一瞬「え? 引退コンサート?…

野田薫のありのまま 野田薫インタビュー その4

シンガー・ソングライター、野田薫インタビュー、第4回にして最終回。 前回までのインタビューは、5月に高円寺円盤での公開イベントとして行われたもの。今回は、そこからはみ出した話を、あらためて6月に阿佐ヶ谷のRojiで取材したものだ。 だが、話の内容と…

野田薫のありのまま 野田薫インタビュー その3

シンガー・ソングライター野田薫インタビューも、第3回。 ファースト・アルバム『あの日のうた』を自主制作し、いよいよ本格的に音楽活動を活発化……と思いきや、彼女の人生はまたおもしろく寄り道をする。 今回はその顛末を、ありのままにめぐってみた。 前…

野田薫のありのまま 野田薫インタビュー その2

シンガー・ソングライター、野田薫インタビュー、第2回。 今回は、自分で自分の音楽をやるとはどういうことなのかを考え続けた時代の彼女を追った。 「曲って、自分の音楽って、どうやったらできるんだ?」って真剣に自問自答していた時期を、彼女は忘れてい…

野田薫のありのまま 野田薫インタビュー その1 

野田薫のセカンド・アルバム「この世界」が、すごくいい。 そして、ぼくは野田薫にちょっとした恩を感じている。彼女が歌うのを初めて見た晩。それはぼくにとっては結構、運命的な夜だった。 2012年4月28日、阿佐ケ谷のRojiで行われた〈野田薫帰国記念ライヴ…

地の塩

2015年6月2日。 両国国技館が会場で 建物の中央、つまり土俵の部分にステージが作られていた。 円形の舞台で 5人ではじめて円になって 最初は照れくさそうだったけれど 本当に最高の演奏をした。 でも本当の本音をいえば もっとしくじってほしかった。 だっ…

『SAYONARA』について

伊藤大地のカウントから〈Emerald Music〉が流れ出したとき、不覚にも動揺してしまった。SAKEROCKというバンドを解散するために集まった5人が一緒に出している音は、からっとしていて、ちょっとだけセンチメンタルで、くやしいくらい彼らがやり続けてきた音…

Don’t Think I’ve Forgotten : Cambodia’s Lost Rock And Roll

過日、ニューヨークのインディペンデントシネマIFCの深夜上映である映画を見た。その映画とはDon't Think I've Forgotten : Cambodia's Lost Rock And Roll。 日本でもちょっとだけうわさになっていた映画で、50年代にフランスから独立後、70年代半ば政変に…

古川麦の、遠くを近く見る 古川麦インタビュー その3

古川麦ロング・インタビュー、第3回にして最終回。 3月17日渋谷WWWでのアルバム・リリース・パーティーに間に合わせる予定だったけど、結局それをまたぐことになってしまったことをお詫びします。 でも、そのおかげで鈴木竜一朗くん撮影の当日のライヴ写真も…

古川麦の、遠くを近く見る 古川麦インタビュー その2

古川麦、ロング・インタビュー2回目。 いよいよ麦くんのバンド・ライフがはじまるのだが、これがまたごく普通のバンド少年の青春のようでいて、ちょっと(いや、かなり)違った感じになっているのがおもしろい。 彼が組んでいるDoppelzimmer、表現(hyogen)…

古川麦の、遠くを近く見る 古川麦インタビュー その1

古川麦(ふるかわばく)と初めて会ったのは、いつだったか。 たぶん、阿佐ヶ谷のRojiで、女性シンガー・ソングライター、野田薫の帰国記念ライヴ(wあだち麗三郎)が行われた晩。ということは、調べてみたら2012年4月28日。 その日、ライヴ本編が終わってな…

guiroの“終わりの終わり”と“はじまりのはじまり”

鶴舞の駅を降りて ただしい出口から出たはずなのにあっさり道に迷った。 地図とは逆の方向に歩いていたのだと知る。 この時点まで開演まであと7分。 気がせく。 引き返すと今度は地図どおりに道が見える。 これでいいのだ。 だが前方右手に人だかりが見えて…

バブス・ゴンザレス自伝を勝手に訳した。その5

5 “エロール”の下で働いたのは8ヶ月ばかし。そのうち4ヶ月は、彼はヨットで航海にお出かけさ。その間、おれの仕事と言えば、彼の部屋に出向いて、執事から給料をいただくだけ。最後の2ヶ月は、おれは“ハリウッド”にあったナイト・クラブの“スウィング・クラ…

バブス・ゴンザレス自伝を勝手に訳した。その4

4 そんなこんなで二年間は同じようなパターンで日々が過ぎていった。“サヴォイ”への毎週の遠出。週末の演奏と女の子たち。ミスター・ランスフォードは、おれに改めて3つの街での興業を任せてくれた。おかげさまで学校を卒業するころには、おれの経済面はすこ…

バブス・ゴンザレス自伝を勝手に訳した。その3

3 バンドはニュー・ヨークに到着。みんなにお別れをいうときがきた。“ミスター・ランスフォード”からは、次の休みにも巡業に連れてってくれるという約束と、今後のおれのビジネス展開についての提案もいただいてね。 “ニュー・アーク”に戻ると、おれは“舳先…

バブス・ゴンザレス自伝を勝手に訳した。その2

2 社会の窓は順調に開いた。ビリヤード・クラブで掃除と玉揃えをする仕事も見つかったしね。そこでひと月仕事をしてる間は、手持ちの金が減らないどころか増えるいっぽうさ。なにしろおれは博打が得意ときてる。 ある晩、“ジミー・ランスフォード楽団”がダン…

バブス・ゴンザレス自伝を勝手に訳した。その1

しばらく更新がないので 「古いファイルを整理していたらでてきた」シリーズ。 元祖ビバッパーにして 最高にでたらめで愛すべきスキャット使い、 バブス・ゴンザレスの自伝訳(途中まで)。 たぶん、これをやっていたのは2000年代の前半? テリー・サザーン…

CDじゃないジャーナル、ってのがありまして

音楽雑誌「CDジャーナル」で 「CDじゃないジャーナル」という連載をかれこれ2年やっている。 文字通り、 CDじゃないリリースをしているひとたちに 「どうしてこのメディア(CDじゃない)なんですか?」と 単純に聞いてみようというインタビュー記事。 今月発…

「人間」の音しかしない。吉田ヨウヘイgroupインタビュー

7月27日土曜日、夜11時。苗場で開催されているFUJI ROCK FESTIVALの場外ステージである〈Rookie A Go-Go〉に、吉田ヨウヘイgroupは一番手で出演した。 グリーンステージではアーケイド・ファイア、ホワイト・ステージではマニック・ストリート・プリーチャー…

ギターを愛したシティボーイ Kashifロング・インタビュー その4

一ヶ月のご無沙汰をしてしまいました。 “ギターを愛したシティボーイ”Kashifインタビュー、いよいよ今回で最終回。 PPP黎明期を経て、いよいよ少しずつ陽の当たる世界に転がりはじめたKashifの音楽人生。 一十三十一、(((さらうんど)))のサポート、JINTANA &…

ギターを愛したシティボーイ Kashifロング・インタビュー その3

約2週間ちょっとのごぶさたでした。 Kashifインタビュー、第3回。話は2000年代中盤から後半へ。PPP活動初期のさまざまなエピソードが徐々に先へと転がり始めてきた。 そもそものKashifという名前の由来や、彼が持つ別名についてのエピソード。さらには、偉大…

ギターを愛したシティボーイ Kashifロング・インタビュー その2

一週間のごぶさたでした。 「僕らのギター・ヒーロー」(©得能直也)、Kashifインタビュー第二回。 ニュータウン育ちの渋谷通いというシティボーイそのものの環境を、シティボーイであることを拒否しながら過ごしたKashif。第2回では、大学卒業後、PPP結成に…

ギターを愛したシティボーイ Kashifロング・インタビュー その1

Kashif、またの名をSTRINGSBURN、さらにまたの名を”鬼”。そのギタリストは、三つの名を持つ。 横浜の誇る音楽集団PPP(Pan Pacific Playa)の重要メンバーにして、JINTANA & EMERALDSの一員であり、一十三十一、Dorian、ZEN-LA-ROCK、(((さらうんど)))など、…

2004年のツアーバス

もう10年前の話になるのか。 2004年の話を書かせてもらいたい。 その夏、あるアメリカのバンドの日本ツアー・スタッフとして 2週間ほどの毎日を彼らと過ごした。 折しもその夏は 彼らアメリカ人にとっては大統領選挙の夏だった。 9・11の同時多発テロを経て …

「ハーモニカブルース」が聞こえる

高浜寛「四谷区花園町」と 山田参助「あれよ星屑」を 時間が空いたときに たびたび読み返している。 好きな漫画を何度も読み返すということは あるけれど 2冊の、まったく別人が描いた漫画を 同時に何回も読み返すというパターンは、そうはない。 めちゃめち…

Anyone Who Had A Heart

「バート・バカラック自伝」(ロバート・グリーンフィールド共著/奥田祐士訳)を読んだ。 バート・バカラックは 子どものころ 母親のアイデアで「ハッピー」と呼ばれていた。 しかし 実際のバート少年は 学校にも宗教にも自分が教わっている音楽のレッスン…

音楽マンガガイドブック 音楽マンガを聴き尽くせ

えー、日付変わりまして3月14日。 本日、 ぼくが監修いたしました単行本 「音楽マンガガイドブック 音楽マンガを聴き尽くせ」(DU BOOKS)の 正式な発売日となります。 ぼくの名前が表に出る本としては7年ぶりになります。 とはいえ 今回の本は かかわってい…

あのころ漫画喫茶で

この小説もどきの文章は 今年の1月に発行された雑誌「森本書店」に掲載されたものです。 「森本書店」もほぼ完売ということで、 主宰の森本さんからご承諾をいただき このブログに転載することにしました。 3月14日にぼくの監修で DU BOOKSから発売になる 「…