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なにかあり/とくになし

ア・スマイル・アンド・ア・リボン その9

ジェイクが舞台を降り、
ふたたびレギュラー・メンバーに戻ったNRBQ
テリーはすこし足を組んで考えた様子をして、
「うん」とうなづくような仕草で
グランド・ピアノを弾きはじめた。


ゆるめのマーチング・ビート。
このイントロは
「ヒット・ザ・ヘイ」だろうか。


「ヒット・ザ・ヘイ」とは
「寝床に行こう」って意味で
アルバムで言うと
「グルーヴス・イン・オービット」のラストに入ってる
ちょっととぼけたナンバー。


彼らのライヴでは最後のほうに演奏されることが多い。
しばらくやっていない曲だったけど
これもレパートリーに戻したんだな、と思った。


ところが
テリーが歌いだしたのは
思いがけない曲だった。
たぶん
メンバーも予想していなかったんじゃないかな。
そんな顔してた。


「A smile is something special
 A ribbon is something rare♪」


この曲を
ぼくは知っている。


1956年にリバティ・レコードからデビューした
あどけない姉妹デュオ、
ペイシェンス&プルーデンスの
ア・スマイル・アンド・ア・リボン」だ。


当時ヒットしたのは
シングルのA面の「トゥナイト・ユー・ビロング・トゥ・ミー」で
日本ではナンシー・シナトラの歌ったヴァージョンが
「いちごの片思い」として知られている。


そして
その「トゥナイト・ユー・ビロング・トゥ・ミー」は
NRBQのライヴ・レパートリーだった。


そのシングルのB面はが
「ア・スマイル・アンド・ア・リボン」。


当時11歳だった
妹のプルーデンス・マッキンタイアがひとりで歌った
あどけなくて愛おしい名曲。


映画「ゴースト・ワールド」で
世間に対してうまく生きられない少女イーニドが
部屋でひとりで聴いて
そのあまりのイノセントな響きに
おおきく打ちのめされる曲として
21世紀にすこしだけ有名になった曲でもある。


その曲を
テリーは
まるで予期せぬ余興だよと言わんばかりの
ピエロみたいな笑顔で
歌った。


ピッチをちょっとぐらいはずしても
関係ない。
メロディの一番高いところがうまく出なくて
ひっくりかえったっていいじゃない。
歌詞は
完璧にあたまに入ってる。


テリーは何の説明もしなかったけれど
この場に居合わせたほとんどのお客には
わかっていたと思う。
そして
ほとんどのお客が
この曲をあたまの中で
ソラで歌えていたと思う。


これは
トムがぼくたちに教えてくれた曲だから。(つづく)