古川麦の、遠くを近く見る 古川麦インタビュー その3
古川麦ロング・インタビュー、第3回にして最終回。
3月17日渋谷WWWでのアルバム・リリース・パーティーに間に合わせる予定だったけど、結局それをまたぐことになってしまったことをお詫びします。
でも、そのおかげで鈴木竜一朗くん撮影の当日のライヴ写真もいくつか紹介することができた。怪我の功名ですね。
あの日のすばらしいライヴを見た人には、その記憶を反芻しながら読んでいただけたらさいわい。
まだ古川麦をよく知らないという人には、シンガー・ソングライター古川麦の世界に入る一片の手がかりになったらいいなと思う。
では、3回目スタート。
前回までのインタビューはこちら →
古川麦の、遠くを近く見る 古川麦インタビュー
「その1」
「その2」
表現(hyogen)ホームページ
Doppelzimmer ホームページ
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──ここからはシンガー・ソングライター古川麦の話をしていきたいと思ってるんですけど、そもそも、ぼくが初めて麦くんと会ったのが、2012年の4月のRoji。そのときに、突然、麦くん、公哉くんを交えてはじまった、不完全体の表現(hyogen)セッションを見て「すごいな」と思ったのは記憶に鮮明なんですけど、“歌う人”だって意識はなかったんですよ。それで、そのあとしばらくしてRojiで、「麦くんが作ったCDなんですよ」ってことで最初のミニ・アルバム『Voyage』を借りて帰って聴いた。聴いて、すごくいい歌声だと思ったのはもちろん、表現(hyogen)でやっているスタイルとはまた違う、シンガー・ソングライター性のある音楽だったことに驚いたんです。『Voyage』を作ってみようという気持ちはいつごろからあったんですか?
麦 自分のソロ・アルバムを作りたいという気持ちは結構前からあったんです。ソロのライヴもときどきやっていたし。いい加減、とりあえずなにかかたちにしとかないとなと思って、『Voyage』はつくりました。
──『Voyage』にもタイトル曲や「Green Turquoise」など、『far/close』にも収録された曲の初期ヴァージョンが入ってますけど、こういうタイプのオリジナル曲をつくりはじめたのはいつごろ?
麦 ソロの曲は大学ぐらいからつくってました。〈Home& Away〉でもソロで自分の曲はやっていたし。「Summersong」とか、もうそのころからあった曲もありますけど、ほかの曲は『Voyage』にあわせてつくりこんでいったんですけどね。
──たとえば〈Home&Away〉でソロをやるとか、そういう機会があるから曲をつくっていた感じでした? それとも、日々書きためていました?
麦 両方あります。だいたい自然につくったものがストックとしてだんだん積み重なってきた感じです。
──日本語の歌詞と英語の歌詞では、つくるときの意識は分かれてますか?
麦 分けてますね。『Voyage』をつくるにあたって、日本語の歌詞を書かなきゃなと思い始めました。それまでは歌詞に関しては結構あやふやな感じだったんです。
──あやふや、というと?
麦 どっちでもいいというか、英語の歌詞だったり、歌詞がない曲は英語っぽいフレーズを乗せたり、そんなに考えずにつくってて、あんまり悩んでなかった。でも、ちゃんとやるならちゃんとつくったほうがいいだろうと考えたんです。表現(hyogen)はもともと日本語が中心だったけど、Doppelzimmerでも日本語化が進んできて、自分のなかでも「日本語を歌うのもいいよね」という流れができてきて。
──オーストラリアへの留学体験とかあって英語の感覚もすごくあると思うから、曲に合ってる言葉を選ぶという判断もあるんだろうなと思ってましたけど。
麦 そういう判断は結構してます。最初から「これは英語しかないな」と思った曲は英語でつくるし。逆に「この言語がいい」というのがわかっていたら、その言語にしたいという欲求はあるんです。曲の感じにあわせたい。表現(hyogen)の曲でも「博物館の怪物(monstre au musee)」って曲があるんですけど、あの曲はあんまり日本語にも英語にもしたくないというのがあって、フランス語にしたんです。
──語感重視で。
麦 そうですね。語感かな。それによってでてくる雰囲気が言語によって違うから。それをうまく歌えるかどうかは別としても、なるべくイメージに近づけたほうがおもしろいだろうなと。
──洋楽体験が強くあってとか、日本語に対する思い入れがあって、とかいうところからはむしろすごく自由な気がします。
麦 そうはいっても、やっぱり内容が直接わかるのは日本語だし。英語でも、がんばればわかるとは思うけど。最近はそのどっちかにしてるかな。歌詞は意外と自分のことからはじまってできていくんですけど、最近は、自分のことじゃないことが多い。人が抱えてる問題というか、なにかしら共感できることを歌いたいというのはあります。
──高城くんも「Yellow Magus」あたりのインタビューから積極的にいってることだけど、「自分のことを歌詞に書くんじゃなくて、自分から離した物語をつくって、それを見るという立場で発信していきたい」みたいな発言をしてますよね。
麦 でも、ぼくは詞にはすごくコンプレックスがあるから、歌詞は語れないです。表現(hyogen)は公哉が歌詞を書いているんで、それを見ていても、「おれは自分の言葉でなにをいうんだろうなあ」って思ったりして、今もよくわからないでいます。たぶん、英語で歌ってることのほうが結構個人的なことのほうが多いかも。
──なるほどね。でも、英語である分、「おれの気持ちわかってください」って気持ちからは切り離されて、曲が曲として自由でいられるっていう意識はあるでしょう?
麦 うん、そうですね。でも、そもそもぼくは歌詞をぜんぜん大事にしてこなかった(笑)。最近になって、「ああ、歌詞って大事だな」って思うようになったくらいで。正直、以前は自分の書いた歌詞を歌詞カードで読まれることすら恥ずかしくていやだった。「もういいや」と思えるようになったのは最近なんです。大事なのは、とりあえず確信を持って歌うことだなと。
──子どものころに、歌を歌いたいという気持ちが強かったという話だったじゃないですか。自分のソロをやるには、そういう部分も解放していきたいという気持ちもありました? それとも、音楽活動をやるうちにギターであったり、ほかの表現方法に触れて、それは音楽全体に昇華されていったという感じですか?
麦 結構、ぼそぼそと歌ってますもんね(笑)
──外から見ると、内省的な音楽家というイメージもあるじゃないですか。でも、その源泉には「歌を歌いたい」って気持ちが強くあったとしたら、それは麦くんの音楽を理解するうえでの、ひとつの大きな鍵でもあると感じたんです。“ぼそぼそ”と自分では思うかもしれないけど、歌はいつもよく聞こえるし、内省的というよりむしろすごくひらかれてますよね。
麦 高校のときにジョアン・ジルベルトを聴いたことが、自分が弾き語りみたいなことをやるうえですごく大きいと思ってるんです。こういう方向性もありえるんだってわかった。『Voyage』には、その意識はすごくありますね。そこまで内省的なつくりかたはしてないんですよ。結構ひらけた感じを意識していたし。
──その“ひらけた感じ”をぼくが強く意識したのは、今回のアルバム『far/close』の発表を記念して新大久保で見たバンド編成のライヴ(2014年7月11日、新大久保Space Do)でした。すごく驚きました。それまで弾き語りとか、ある程度自分の世界をコントロールして作りたい人なのかなと思ってたけど、完全に裏切られました。リズム面も含めてめちゃめちゃ融合的かつ躍動的だし、なにより歌が遠くまで飛び出してました。それは『far/close』でのバンド・サウンドの反映でもあったんでしょうけど、そこに向かったことにはきっかけはあるんですか?
麦 『Voyage』は、ほぼ宅録だし、“とりあえずつくってみた”という感じで、自分のなかでも“当座のもの”というイメージが強かった。今回は、もっと“バン!”って提示できるものを作っておきたいなと思ったんです。いろいろな人とつながりができたということもあるし、録音でみんなを呼んでやってみたくなって。
──それにしてもすごいイメージの広がりですよね。
麦 完成まで1年半くらいかかっちゃってるんで、つくってる間でもどんどん変わっていったんですよ。最初は弦をいれようともあんまり思ってなかったし。でも「このまんまだとちょっと違うな」と思って急遽入れることにしたんで、ガーッとアレンジ書いたりして。
──リズム面での大胆さもすごい。
麦 でも、リズム面は、ほとんどおまかせだったんですよ。
──へえ! 意外!
麦 ぼくは、いわゆる“バンド”に対する憧れがあんまりなくて、リズムも含めてバンドとして音を考えていくようなイメージはなかったんです。でも、とりあえずちゃんとやるならバンド編成が必要と思って、最初は(厚海)義朗くんに相談しました。それで、「じゃあ、いいドラマーいるから」ってことで田中佑司を紹介してもらって。それからいろいろあって、やっぱりコントラバスもほしくなったんで千葉(広樹)さんにお願いして。リズムのアレンジは、その二人にほとんどおまかせしたんです。でも最初はちょっとオーヴァーだなと思いました。田中は特に(笑)
──(笑)
麦 でも、彼はぼくの曲をすごく気に入ってくれてたし、なるべくこっちに合わせようともしてくれて。新大久保のときも、様子見という感じでバンドに入ってもらったんですよ。
──そうだったんですね。田中くんは叩いてるときの顔も含めて、すごく色のあるドラムで、サウンドに合ってると思います。しかし、麦くんの音楽が構築的だけど息苦しい感じがしないのは、そういう感覚の持ち方にも理由があるんでしょうね。タイプは違うけど、王舟くんの音楽のつくりかたにも近いかもしれない。
麦 まあ、基礎的なところはみんなちゃんとしてるし、あえて言わなくてもいい部分もあったから。『Voyage』よりは、もっとポップな作品にしたかったんですよ。もうちょっと土台をしっかりしたかったという部分もあった。それで土台の強さは彼らにお願いした時点でクリアできてるから、あとは自由にやるだけだなと思ってました。もちろん、弦楽四重奏とか、自分で譜面にできる部分はすごく書きましたけどね。
──ジャケットに台湾での写真(撮影:鈴木竜一朗)が使われているじゃないですか。レコーディングを台湾でしたわけじゃないけど、台湾に滞在したり演奏したりしてきた体験がアルバムになんらかの影響を与えている面もありますか?
麦 それを提案したのはデザインをしてくれた川村くんなんです。ぼくの雰囲U気的にも、あと音楽の雰囲気的にも、海外の異国感があったほうがいいっていわれて。台湾には今、父親が住んでいるので行きやすいというのもありました。台湾って、居やすい雰囲気なんですよ。夜の市場とか、好きな感じのゆるさがある。
──屋台市場や街中の気配とか。ぼくは行ったことがないんで想像するだけですけど、麦くんが好きだっていう感覚はなんとなくわかりますね。音楽からも、人がいる感じが好きという匂いがするし。
麦 うん。人がいないよりは、人がいて、わいわいやってる感じのほうが好きです。
──表現(hyogen)も、孤高の音楽というイメージもあるかもしれないけど、最新アルバムの『琥珀の島』(2014年)を聴いてると、むしろ「そこに人間がいる」という感覚をすごく出している音楽だと思うんです。そういう感覚の一端を麦くんが担っているところはあるのかも。
麦 大学のころに即興演奏グループみたいなのを組んでたんですけど、そのときにインドネシアの路上演奏家たちの名前をグループ名にしてました。放浪する人たち、バスクとか、そういうのにすごく憧れがあったんですよね。そういうのってじつは雑踏みたいな人がいるところじゃないと聴けないじゃないですか。
──人のいる場所にどこからともなく現れて演奏するんですもんね。
麦 表現(hyogen)のメンバーも、みんなそういう指向性はあると思うんですよ。こないだヨーロッパをツアーしたときも、ほぼ完全にバスキングでしたし。あれはぼくが一番楽しんでたかもしれない(笑)
──アルバム・タイトルの『far/close』については、どういう意図でつけたんですか?
麦 最初は『遠近』にしてたんですよ。なぜそうしたかというと、その前にもうジャケットの写真があがってたんです。異国で撮ったその写真に、自分が海外でしてきた経験とか、日本での経験がイメージとして重なっていった。ぼくがつくる曲も、視線が遠かったり近かったりがいろいろ混ざっているんで、それをまとめていうにはどうしたらいいと思ったときに“遠近感”みたいな感覚を持ったんです。そしたら、デザイナーの川村くんがプロデューサー的な視点で「英語にしたほうがいい」っていってくれて。ぼくも『far/close』って表記にしたほうが、より抽象性が高いと思ったので、そうしました。
──こうやって長く麦くんの話を聞いてくると、いろんな意味ですごく正解なタイトルと思えます。
麦 エマーソン北村さんのアルバム(『遠近に』)とかぶってしまいましたけど(笑)
──でも、良いかぶりですよ。このアルバムは、表現(hyogen)はおろか、ceroを知らない人でも聴くとびっくりするくらいのクオリティだし、ちょっと視聴しただけでも、曲の全体像はわからなくても、なにかつかまれる部分がどの曲にも必ずあると思うんです。
麦 流通するときに相談した人に、「これってインディー系の方向性でいくの? ワールド系でもいけるよね」っていわれて。そのときはあんまりピンときてなかったんですけど、実際お店に置かれてみると、確かに浮いてるというか、ちょっと違うんだなと自分でも思いました。
──もちろん“J-POP”の棚にも置かれ続けてほしいけど、ワールドミュージックのフロアに、“純邦楽”じゃない、“現代日本”っていう棚があるとしたら、そこに置きたいくらいです。
麦 海外とのつながりも台湾やヨーロッパで結構できてきたから、もうちょっと広く行けるようになったらいいなと思いますね。ただ、ぼくの音楽は海外で聴いてもらうには、“アジア的”というか、ちょっとソフトすぎるかなとは自分でも思いますけど。
──表現(hyogen)もそうだし、一昨年からceroに参加するようになったことが知名度をひろげてるという部分もあるのかもしれないけど、麦くんがやってきたことが、今、実りの時期を迎えている部分は確かだと思うんです。これからも、もっと積極的に古川麦の作品をつくり続けてほしいです。
麦 次のソロは早々につくりたいと思ってます。1年半はちょっと時間かけすぎました(笑)。助けてもらうところは助けてもらいつつ、もうちょっとシンプルにするかもしれない。『far/close』をトムに聴かせたら「いいんだけど、ちょっと盛り込みすぎじゃない?」っていわれたし。
──ぼくはそうは思わないけど、1年半という時間の積み重ねがじわっとでちゃってる部分はあるのかもしれないですね。
麦 最初の『Voyage』は宅録で、自分の世界観を箱庭的につくるという作品だったんですよ。『far/close』では相手がいて、投げて返ってきたもので「じゃあこうしよう」みたいなやりかたの作品だった。もう一回箱庭系に戻りたい欲求もある。でも、その箱庭を『far/close』の音のクオリティにするにはどうしたらいいかなと考えてるところです。
──なにしろ、レゴで王国をつくったし、ジオラマと一緒に演奏した男ですからね。
麦 それがテーマになっちゃいますか(笑)
──でも、そこにたぐいまれな“遠近”があるから、どうやろうとこじんまりしないんですよ。本当にこれからの古川麦を楽しみにしてます。
麦 うん。フルメンバーでも、またちょいちょいライヴはやっていきたいと思ってます。
(おわり/2013年12月4日、渋谷・茶亭羽當にて)
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2015年3月17日、渋谷WWWにて行われた、古川麦『far/close』リリース・パーティー「Coming of the Light」。ぼくはちょっと遅れて会場について、ドアを開けた。「Voyage」が始まったところだった。
古川麦(Gt., Vo.)
田中佑司(Dr.)
千葉広樹(Cb.)
青木タイセイ(Tb.)
谷殿明良(Tp.)
角銅真実(Perc., Cho.)
牛山玲名(1st Vn)
田島華乃(2nd Vn)
飯田光純(Va)
関口将史(Vc)
想像10名の古川麦オーケストラの演奏は圧倒的な完成度なんだけど、やはりそこには古川麦の音楽ならではの意識や空間のとらえかたがあって、見る者を息苦しくさせてしまわない。「こうしなさい、こう聴きなさい」の音楽ではないんだ。
人を一方的に威圧するのとは真逆で、するすると意識を引き込んでいく。
「芝生の復讐」を聴きながら、ふと、麦くんがインタビューで「路上の演奏家たちが好きだ」と言っていたことを思い出した。
「路上で演奏するぞ」という行動に直結するのではなく、音楽を演奏している人たち、聴いている人たち、見ている人たちに、それぞれの街や雑踏を思い浮かべさせるような音楽。その街の中では、人々の声に耳を傾けたり、空や建物を見たり、立ち止まってみたり、駆け出したり、踊りだしたり、あとはみんなの好きにしたらいい。
古川麦は音楽を指揮してるんじゃなくて、音楽を通じて人々の意識を指揮する、そういう音楽家なのかもしれない。
終演後のロビーで、「すごいものを見た」という顔をみんなしていたけれど、それは単に度肝を抜かれたというだけでなく、それぞれの眠っていた感情や忘れていた記憶を思い出したときの顔に似ていた。
古川麦の音楽は、まだみんなを揺り起こしはじめたばかり。
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Tokyo Loco magazineでの岸田祐佳さんのインタビューもあわせてどうぞ。
とてもおもしろいです。
「台湾から渋谷WWWへ。古川麦『far/close』ツアー」
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2015/05/28(thu)~31(sun)
古川麦トリオ "far/close" May-Hunt Tour
2014年10月に発売され、音楽ライターや耳の早いリスナーに激賞を受けている"far/close"を引っさげ、古川麦待望の名阪ツアー!!ツアーメンバーは昨年末台湾ツアーに同行したドラム田中佑司、ベース千葉広樹との豪華トリオ編成にて、浜松、京都、大阪、名古屋を巡ります。
5/28(木)
浜松 エスケリータ68
18:00開場/19:00開演
前売2000円(ドリンク別)/当日2500円(ドリンク別)
5/29(金)
京都 拾得
w/ 吉田省念
17:30開場/19:00開演
前売2000円/当日2300円
5/30(土)
大阪 hop ken
w/ 三田村管打団?
18:00開場/19:00開演
前売2300円(ドリンク別)/当日2500円(ドリンク別)
5/31(日)
名古屋 ブラジルコーヒー
w/ 惑星のかぞえかた
19:00開場/19:30開演
前売2300円(ドリンク別)/当日2500円(ドリンク別)