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なにかあり/とくになし

All Things Must Pass

アメリカのタワーレコードの栄華と衰退を描いたドキュメンタリー映画を見た。 タイトルは「オール・シングス・マスト・パス」。




念のために書くと、アメリカにはもうタワーレコードは存在しない。2004年以来、2度の破産を経て、2006年12月22日を最後に全米の全店が閉店した(日本のタワーレコードは資産価値が高いうちに売却すべきとの銀行からの指示により、すでに別会社だった)。


ぼくがはじめて行ったアメリカのタワーレコードはニューヨーク店。イーストビレッジにあったその店で、1989年の秋、ニール・ヤングの「フリーダム」やルー・リードの「NEW YORK」を買ったことを覚えてる。その店舗の入り口を、当時、ぼくは憧れとともにくぐった。タワーレコードのビレッジ店は、西海岸の本社スタッフは「グリニッチビレッジのいい場所にあると聞いて話を進めてたのに、行ってみたらビレッジとはいえないさびしくて暗い場所で、ビルもおんぼろだったんだ」と映画のなかで懐述していた。でも、タワーレコードがそこに現れたことで、周囲もにぎやかになっていったんだそうだ。そうだったのか。


北カリフォルニアのサクラメントのローカル・レコード店に過ぎなかったタワーレコード。タワーという名のビルにあった薬局の息子がレコードも売るようになったのがきっかけ。タワーレコードを産んだ“タワー”ビルは今も建っている。その薬局の息子、ロス・ソロモンの回顧を軸に話は進む。ロス・ソロモンは怪物的かつ愛すべき人物で、ぼくには映画監督のロバート・アルトマンと似た存在に思えた(顔もなんとなく似ている)。直感を重視し、音楽を愛し、スタッフを愛し、家族経営のように店を運営した。サンフランシスコ、LAへと展開していくのは70年代に入ってから。サンセットストリップにあったLA店も含め、初期の店舗はスタッフ自らがデザインして作り上げていた。


おもしろかったのはエルトン・ジョンのコメント。70年代の人気絶頂時、エルトンは開店の一時間前にリムジンでLA店に乗り付け、これと思うレコードをかたっぱしから買っていた(その映像もある)。「僕は全人類で一番タワーでレコードを買った男だ」と語るエルトン。他にはブルース・スプリングスティーン、シアトル店でバイトしていたというデイヴ・グロール(「長髪で社会性もないけど、ただ音楽が好きだって気持ちはあったおれらみたいなやつを雇ってくれるのはタワーだけだった」)もコメントで登場する。


78年にはじまった日本進出など、全米から世界各国に及ぶ巨大なチェーンストアとしてビジネスを拡大しながらも、ロス・ソロモンは“信頼”を基本に置いた家族的なやり方を変えなかった。スタッフが提案したアイデアも、よいと思えばどんどん採用した。タワー発のペーパー「Pulse」もそのひとつ。日本で生まれたキャッチコピー“NO MUSIC, NO LIFE”についてもすばらしいじゃないかと受け入れた。その情愛は、コメントを出す当時のスタッフが途中で感極まって涙するほど。


映画としてのすじがきについては、この先は割愛する。ひとことで言って、泣けた。人が自分の人生の多くを捧げて築いた夢の砦を失うつらさとやりきれなさに、単純にぐっときてしまった。だってあのタワレコの黄色と赤のロゴは、かつて若き日のソロモンたちが手描きで考えたときのそのまんまなんだ。


ラストにはジョージ・ハリスンの「オール・シングス・マスト・パス」が流れる。これをタイトル曲にしなくてはならなかった理由は、アメリカのタワレコ全店が閉店した2006年のその日、サクラメントの一号店に掲げられたメッセージが「オール・シングス・マスト・パス」だったから。この映画はキックスターターというクラウドファンドで資金を募って制作されており、決して潤沢な状況でもなかっただろう。よくジョージの楽曲使用の許諾が下りたなと思う。「そういう映画なら」という心の動きが権利者側にあったと思うのは都合のいいファンタジーかもしれないけど。


タワレコ万歳ストーリーというより、これは、ひとりの男の夢が叶って破れる話。結末はほろ苦いが、ちょっとした救いもある。渋谷のタワーでも撮影が行われているし、日本のタワーレコード本社をロスが訪問する場面もある。当然日本のスタッフもこの映画が作られたことは知っているんだろうな。タワーレコード全従業員に見てほしいし、日本公開も実現してほしい(すでに決まってるのなら杞憂)。




「RECORD COLLECTOR NEWS」の最新号は、この映画の紹介と、監督のコリン・ハンクスへのインタビューが掲載されている。そうそう、タワーレコード創業者のロス・ソロモンがロゴを黄色と赤にした理由は、シェル石油のガソリンスタンドのマークの色合いを参考にしたからだそう。試験には出ないけど覚えておくと楽しい。





【追記】
アメリカのレコード店ドキュメンタリー映画といえば、未完成(未公開)の作品をふたつ知ってる。ミルヴァレーの名店ヴィレッジ・ミュージックの閉店を追った作品。もうひとつはLAインディペンデントストアの雄ライノ・レコード。後者はクラウドファンドが何年か前にあったが目標額に達しなかった。


ていうか、そのふたつの作品の撮影に、偶然にもぼくは参加している。ヴィレッジ・ミュージックの映画では肖像権の書類にその場でサインした。ライノ・レコードの映画はパイロット版を見せてもらったけど、超つたない英語でインタビューに答えていた……。もうその2作品が公開されることはないのかな。


ぼくがエミット・ローズに会った日の話は、ライノ・レコードのドキュメンタリー撮影が行われた、ポップアップ・ストア・イベントでの出来事だった。