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なにかあり/とくになし

なぜエルメート・パスコアールは2年連続で八代に行くのか?/山口功倫インタビュー その3

3回にわたってお届けした「なぜエルメート・パスコアールは2年連続で八代に行くのか?」も今回で最終回。その2度目の八代公演もいよいよ今週末(5月18日)に迫ってきた。

インタビューでは、裏話や秘話で飾り立てるというより、稀有な現場が作られていくさまを山口さんに素のままの言葉で語ってもらった。もちろん、立川談志師匠の高座を少年時代に間近で何度も見た経験や、お兄さんが〈FRUE〉の主宰者であることなど、普通ではない背景があることはあるのだが、そんな特別さを際立てるよりも、こういう奇跡みたいな時間がちょっとしたきっかけで「誰にでも起こりうること」なのかもしれないということを話し言葉で書き残しておきたかった。もっというと、それは「誰にでも起こりうるチャンス(と同時に難題でもある)をスルーせず、受け入れ、祝福する」ということや、「常識や空気、決まりきったいいわけにずるずると流されることに対して、楽しさでちゃんとあらがう」ということへのぼくの共鳴だったりもする。

明日16日の大阪、18日の八代に行かれる人はもちろん、このインタビューがまだエルメートを見に行こうかどうしようか迷ってる人たちへのきっかけにもなれたらいいなと願って。では、山口さんどうぞ。

 

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写真:渡辺亮

 

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──去年のエルメートのツアーで、みんなでゆっくりできる日というのが唯一八代に着いた夜くらいだったんでしょうけど、それにしても着いたばかりで疲れてるはずなのに、みんなでライヴハウスまで繰り出してセッションしたのはすごいですね。

山口 〈Z〉っていうレストランバーに行ったんです。そこもエルメートの公演の宣伝でおれがまわってたときに知ったお店だったんです。八代に〈サウンド谷口〉って音響設備やスタジオをやっていた人がやってるバーで、すごく音がいいし客ののりもいいので、最近評判がいいと聞いてました。ミュージシャンもツアーでその店があるから八代に来るようになったりしてるそうなんですよ。あそこだったら彼らを受け入れてくれると思ったんで、「演奏したいなら行ったほうがいいよ」って勧めたんです。おれはバーベキューの片付けをやってたんでどう交渉したかは知らないんですけど、ライブのスタートにはぎりぎり間に合って。

 

──あの夜は、エルメートとアンドレ(・マルケス)以外の全員が行ったそうですね。

 

山口 そうだったと思います。そこでセッションが始まって。お店の人も八代市内でこういうのが好きそうな人たちにすぐに電話で「来なよ!」って声をかけて。

 

──リアルタイムの中継でSNSに流れてきた映像を見て悶絶しました。

 

 

 

FRUEさんの投稿 2018年5月9日水曜日

 

 

 

FRUEさんの投稿 2018年5月9日水曜日

 

山口 いいライヴでしたよ。エルメートがいないから、バンドのみんなも手かせ足かせはずれた感じもあって、やりたい放題(笑)。福岡の〈SHIKIORI〉の松永誠剛くんも飛び入りしたり、おもしろかったですね。あれを見たあと、おれは「もしエルメートがあの世にいっちゃっても、この人たちがいれば大丈夫だな」と思いました(笑)。すごいバンドだし、いまのメンバーは本当にいいですよ。

 

──二組の親子がバンド内にいるし、演奏しながらエルメートの精神を伝承してるわけですもんね。

 

山口 普段もみんな和気あいあいとしてます。移動中は結構寝てたり、寝てると思ったら起きてたり(笑)。

 

──ハーモニーホールでのライヴも、すごくよかったですよね。単に「いい」というだけじゃなく、エルメートの音楽が受け入れられていくさまをじかに見られた。つまり、お客さんのなかには「ブラジルからサンバみたいな楽しい音楽をやるおじいさんが来る」というイメージしかなかった人もいたと思うんですよ。そこにいきなり手加減なしで変拍子のすごい演奏が始まって。でも、それがどんどん場を溶かして混ざり合ってく感じがリアルにすごかった。最後は総立ちで、坂口恭平くんを筆頭に前のほうまでお客さんがたくさん駆け寄っていって感動的でした。

 

山口 アンコールのときですよね。あれはすごかった。エルメートでみんなが前に詰めかけるなんて。あんな光景はなかなか見れないですよ。だいたい普通のコンサートだったら怒られるんですけどね(笑)。ああいうのを見逃してくれるのは田舎のホールのいいところかも。

 

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写真:渡辺亮

 

──あの場では坂口くんがきっかけになったところもあるかもしれないけど、彼のこともエルメートも知らないような年配のお客さんも興奮してましたからね。

 

山口 あのとき、みんな踊りたくてずっとうずうずしてたんでしょうね。

 

──終わったあとに通訳さんから、アンコールでメンバーがビール瓶を笛にして吹いた演奏は最初は予定になかったけど、突然言われたのであわてて会場の入り口で売ってたビールを買ってきたって話を聞きました。

 

山口 そうでしたね。メンバーみんなでその場で飲んで(音程を)調整してました。あと、筒でやる演奏も一度見てみたいですね。竹とかで代用できたらおもしろいだろうなと思います。用意が大変かもしれないけど(笑)

 

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写真:渡辺亮

 

──エルメートは行動そのものが音楽だから、全部を見る人に伝えて欲しいですよね。あの日、子供もいっぱい来てましたけど、彼らは大人になったらよく覚えてないくらいかもしれない。でも、「子供のとき、白髪のおじいさんのすごい音楽を見た」みたいな記憶の断片だけでも残ると、次の世代の山口兄弟を産み出すんじゃないですか?

 

山口 だといいですね。そうだ、思い出した。じつは、八代でエルメートをやる最終的な決定を下した理由は、うちの娘が「見たい」って言ったからなんです。曲を聴かせてたら、すごく好きなんですよ。2017年のエルメートも見に行ったのかな? 八代公演を決めるか迷ってたころは、まだ3歳くらいだったと思います。

 

──ああ、さっき話に出てきたお子さんですね。「子供がいるから招聘するのは大変」と最初は思っていたという。その子が最終的に決め手になったんですか。おもしろい!

 

山口 (エルメートの曲を)お風呂でブクブクやりながら歌えるんですよ。たぶん、大人より子供のほうが変拍子とかを難しく思わずに覚えるんでしょうね。「見たい?」って聞いたら「見たい」って答えたんで、「じゃ、やろう!」という流れはありました。それが一番最後に決めた瞬間でした。

 

──答えにくい話だったら返事はなくても構わないんですが、結局、公演の収支は?

 

山口 たぶん、八代はトントンくらいだったんじゃないでしょうか。お金のことは東京にお任せなので、よくわかりません。おれの手元には一銭も残ってないですけど(笑)

 

──でも、損にはなってないからこうして2年連続2回目のエルメートの八代でのライヴが実現するわけですもんね。とはいえ、「今年も八代で」という話がきたときは、どう反応されたんですか?

 

山口 「またか~」と思いました(笑)。でも、今度は「土日のどちらかで、マルシェやろうよ」っていう提案だったんです。もっと大きい規模の八代厚生会館を会場にするという案もあったんですけど、ハーモニーホールは駐車場も広いし、隣接した広場がマルシェに使える。確認してみたら、その広場は火も使っていいし、条件が整ってる。なにしろ兄貴はマルシェをすごくやりたがってたんですよ。「フェスっぽくしたい」って。まあ、最終的には押し切られました。うまく断る理由が見つからなかったって感じですね(笑)

 

──そういえば、八代の名門キャバレーである〈白馬〉を会場にする案もあったとお聞きしたときは、かなり興奮しました。

 

山口 「〈白馬〉も会場としておもしろそうだ」という話は、いろんな人を熊本にライヴで呼ぶときに、よく出る話なんですよ。似合いそうなバンドもいっぱいいますしね。

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写真集「キャバレー、ダンスホール 20世紀の夜」(グラフィック社)より。〈白馬〉の内装は表紙に使われるほど絢爛豪華。

 

──「あの昭和モダニズムでキラキラなロケーションを提供します」って持ちかけたら、「行きます!」って即答するバンドもいそうです。〈白馬〉がライヴハウスとして稼働できたら、全国からびっくりするくらいお客さんが来るんじゃないかって気がします。

 

山口 ああいう場所って、もう日本にあんまりないですもんね。しかも〈白馬〉はキャバレーとして現役ですからね。条件が合えばいつかやってみたいなとは思いますね。一回、オールディーズのイベントを〈白馬〉でやったときに見に行ったことがあるんですよ。おもしろかったですね。店内をそのまま演出として使ってました。お客さんはみんな60~70歳なんですけど、ボックス席に普段は座ってて、好きな曲がかかるとフロアに出てダンスするんです。チークタイムもちゃんとあって。いま市議会議員をやられてる方がやってるんですけど、いいイベントだなと思いました。その方とも「なにか一緒にやりたいね」って話はしたりしてます。

 

──いまは、八代の人だけじゃなく、ほかの地域や県外からもアクセスしやすくなってますしね。周りの人も見に来るというのもいいことだと思います。

 

山口 前回のエルメートは、半分くらいが八代以外のお客さんだったと思います。でも、半分は地元の人が来たというのもすごいなと思いましたね。知らないアーティストに6千円のチケット代を出すわけですから。

 

──もちろん、見るライヴは間違いのないものだし、人によってはこんな機会がなかったら生涯触れることはなかっただろう音楽でもあるし。

 

山口 熊本市内でメデスキをやり、山鹿でニュー・ザイオン・トリオをやったときに、かなり県外から人が来たんですよ。その経験があって、ちょっと自信がついた部分もありました。おもしろければ遠くても人は来る、という確信ができた。

 

──今回は、去年と逆で八代がツアーの最終地点です。

 

山口 いいですよね。八代がツアー・ファイナルって、すごいですよね(笑)。去年も東京の最終日のセカンドはすごく盛り上がったし、最後はツアーのスタッフもみんなステージにあげられちゃって大変でしたね(笑)。あのツアーは本当におもしろかったです。今回は大阪公演から帯同するつもりです。初日の〈FUJI & SUN〉もいきたいんですけどね。さすがに八代公演の直前なんで長期間は空けられない。そこが空けられて、誰か任せられる人が出てくるようになるとなおいいんでしょうけどね。

 

──それだけ八代に基盤ができていくという話でもありますし。

 

山口 たくさんの友人たちがノーギャラで手伝ってくれていますけど、人手は足りなくて、やることは山積みなので。

 

──うちの父親はエルメートより一歳下なんですけど、見せてみたい気もしてるんですよね。

 

山口 前回はうちの檀家さんも結構チケットを買っていただいたんですけど、もちろんエルメートも知らないし興味もない。付き合いで買ってくれたようなところもあるんですけど、そういう70歳前後くらいの人たちが、今回も来てくれるっていうんですよ。「あれはおもしろかった! 今回は友達も誘うから」って。そういうのを聞くとうれしいです。エルメートを呼んだことがきっかけで、また音楽の輪がもっと広がるといいですよね。長崎の〈チトセピアホール〉で、そういうイベントを続けてらっしゃる支配人の出口(亮太)さんがインタビューで話されていたことがすごく好きなんですよ。あそこにも地方でこういうことをやる上での名言がいっぱいあるなと思ってます。

 

www.cinra.net

CINRA.NETに掲載された岸野雄一氏との対談。

 

──出口さんも以前は東京にいらっしゃって、地元に帰っていろいろおもしろいことに尽力されてますよね。ぼく自身も、熊本がいやだと思って若いときに東京に出たんですけど、いまは地元のことがだんだん気になってきてる。自分でも不思議です。

 

山口 地方っていまおもしろいですよ。東京の友達も、おれが熊本でやるライヴに毎回よく来てくれるんですよ。東京はスタッフとして手伝って、見に行くのは熊本みたいな。

 

──東京って便利だし、人口も多いし、会場の数も多いけど、ツアー・ファイナルとかになるんですけど、それが正解じゃないかもって気持ちにときどきなるんです。場所や土地との組み合わせとかも大事。だから「エルメートと八代の組み合わせは鉄板!」っていうふうになっていけばいいのかなと願ってます。

 

山口 そうですね。でも、次は誰かにほかの場所でやってほしいです。「おれにもゆっくりライヴを見せてくれよ」って(笑)

 

──最後にひとつ聞いておきたかったんですけど、ご兄弟の縁があって、日々のお寺での仕事という範疇を超えてこういうイベントに関わられることになって。もちろん好きでやられてることでしょうけど、「(兄に)振り回されてる」と思う面もあります?

 

山口 そうですね。多少はそういう面もあります(笑)。だけど、みんな楽しそうだし、いいんじゃないかなと思いますね。〈FRUE〉がもうちょっと金銭的にもうまくまわりだすと、地方でもこういう関わり方ができる人がもっと増えるだろうし。

 

──東京でなんとなく時間に追われて日々を過ごしてて、ある夜にはすごくいいライヴを見たけど、そのあと満員電車に詰め込まれていい気分も帳消しになって、コンビニで弁当買って帰る、みたいなのって、よくある日常じゃないですか。旅に出ていろんなライヴを見るようになると、その街に暮らしてて、こういうライヴの機会を自分たちのペースで楽しんでる人たちを見たり話したりすることが、すごく暮らし方というか音楽との付き合い方の手本になると感じる部分も大きいんです。終電過ぎても平気でみんなで自転車で帰ってくようなことに宿る強さというか。逆に、東京の「いまはこういう決まりになってますから早く帰って」という無言の圧力に慣れちゃうのは、なんかこわい。

 

山口 たしかにそれはありますね。それに今回は土曜日開催だから、八代の夜の街に、ほかの街から来た人たちもみんな繰り出してくれたらおもしろいなと思います。八代にも田舎のディープさがありますから。

 

──都会から戻ってきて、地元で新しい文化の拠点となって活動されてる人たちも少なくないですしね。

 

山口 〈FRUE〉が熊本でやれたのは、そこがすごく大きいですね。震災後の移住組やUターン組が熊本に結構いた。そういう人たちがいろいろ発信してくれて、イベントの情報が広がっていって。

 

──ある種、興行会社のやり方というのは決まったものがあるし、理にかなってもいる。だけど、そうじゃなくてもできることはあるし、おもしろくもなる。そこを実践されたようなところはあるんじゃないですか?

 

山口 それはあります。田舎のほうが自由度も高いですしね。みんな車を持ってるから、公演をやる場所も駅からのアクセスとかをあんまり気にしなくてよかったり。でも、普段遊びに行ったりしても、そういう視点でその場所を見るクセがついてきました。

 

──「使えるな」みたいな(笑)

 

山口 いやな感じですけどね(笑)。「ここの弁当、使えるな」みたいな。まずいですよね。本職が何屋なのかわからなくなってる。

 

──でも、そういう心の動きも含めて、じわっと伝染していくといいですね。

 

山口 八代って、あんまり知られてないですけど、すごく住みやすいんですよ。海も山も川もあって、温泉もあって、海産物も農産物もある。ひととおり揃ってるけど、移住候補にあんまりあがらない。おれもそのよさは帰ってきてすぐにはわからなかったですけど、いまはわかりますね。都会でもないし、田舎だけど山奥でもない。道路と新幹線はあるし、空港も2つ使える。豊臣秀吉も八代を「すげえいい場所だ」って言ったそうですよ(笑)

 

──秀吉とエルメートが「いい場所だ」って言ってるなら、それは最高のお墨付きですよ(笑)。今回も八代公演の成功を願ってます。

 

山口 雨が降らなきゃいいですね。毎日お寺でお経読んで祈ってます。そこはほかのオーガナイザーとは違うところかも(笑)

 

(おわり)

 

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前回の八代公演の最後、エルメートはピアニカを客席に放り投げて未来を託した。写真:渡辺亮

 

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大阪、八代公演のチケットはこちらから。

 

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