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なにかあり/とくになし

王舟と「大きな魚」の話をした。/王舟インタビュー その1

 王舟と『Big fish』の話がしたいと思った。それは彼の最新アルバムの話ってことなんだけど、他にもいくつか思い当たるフシがあった。たとえば、ティム・バートンが2003年に撮った映画『ビッグ・フィッシュ』。その題名の語源でもある「Big fish」は、英語で「ホラ吹き」みたいな意味だと聞く。そういえば、王舟の音楽自体、現実と空想の境目を曖昧にしてにじませる音楽的なホラみたいなところがある気がずっとしてた。


 せっかくのインタビューだから「どういうふうにこのアルバムを作りましたか?」って話をもちろんしたわけだけど、インタビューの途中で「一番アルバムに入れたかったけど結局入らなかった曲」の存在がぼんやりと浮かび上がってきたあたりから変なギアが入ったような気がしてきた。その曲を知らないぼくには、それがまるで王舟の語る「大きな魚」のようにも思えたのだ。

 

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写真:松永良平

 
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──今日は王舟くんのインタビューする日だったんで、今朝からあらためてティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』(2003年)を観直したんですよ。もちろん、アルバム『Big fish』のレコーディングに使ったスタジオの名前がBigfishだった、という話でもあるんだけど、もしかしてあの映画の内容って、このアルバムにもしかして関係あるんじゃないかと思って。

 

王舟 間接的に関係がありますよ。俺もあの映画はだいぶ前に観て、好きでした。今回はなんとなくアルバムのタイトルに「Big」って付けたかったんですよ。スタジオの名前がそうだっていうのもあるし、「ビッグ・フィッシュ」って言葉自体に「ホラ吹き」みたいな意味合いがあるけど、Bigfishの柏井(日向)さんもあの映画から名前を取ってて、「いつかデカい魚を釣ってやる」みたいな気持ちがあるらしくて。そういう一連の話がおもしろくて、タイトルにしがいがあったんです。映画の話も含めて、いろいろつながったかな。

 


Big Fish - Trailer

 

──観たのは昔だってことですけど、(映画は)どのへんが響きました?

 

王舟 そのときはあんまピンとこなかったけど、何か色彩とかが印象に残ってて。特にお父さんが若い頃を回想したシーンが、そんな感じじゃないですか。ファンタジーみたいで、印象がずっといいんですよ。

 

──ちなみに、今回Bigfishで録るというのは誰のアイデアだったんですか?

 

王舟 それはおれですね。シャムキャッツがそこで録ってるときに遊びに行ったことがあって、エンジニアの(田中)章義くんがいまはBigfishにいるって聞いたんです。今回は曲を具体的に作り上げる前に「エンジニアをどうしようか」って悩みがあったから、そのときに章義くんを思い出して、今回Bigfishで、章義くんとやらせてもらえませんかと相談しに行きました。そうはっきり決めてからは、作業自体もおれがかなり主導で進めました。

 

──今回は王舟自身がいつも以上にイニシアチブを取って作ったアルバムだって印象があるんです。もちろん、前作の『PICTURE』(2016年)だってひとりの宅録で作ってるわけだからそれとおなじでしょ、って見方もあるかもしれないけど、バンドサウンド宅録という手法だけじゃなく、もっと作られ方としての違いを感じました。

 

王舟 『PICTURE』のときは、イニシアチブというよりは機材面も含めてやれることをやるので精一杯な感じだったけど、今回はちょっと周りの人も巻き込んで外に出て行こう、みたいな意識はあったんです。だから、誰に頼むとか、どういうふうにやるか、みたいなことを事前に考えたりしましたね。

 

──BIOMANと作ったアルバム『Villa Tereze』(2017年)のときの共同作業が、そういう面で影響を与えたというところはあります? お互いにそういう話をしてたとか?

 

王舟 いや、それはぜんぜんなくて(笑)。BIOMANはneco眠るでやるときは「自分がやらなきゃ」みたいなところがあるだろうけど、おれとふたりでやったときは、わりとなりゆきにまかせてるように見えたから、おれのほうがちょっと準備しとかないと、って感じでした。おれのほうがイタリア2回目だったし、一回分だけイタリアの先輩だったから、というのもあったかな。BIOMANはおれが現地でライヴやる時に緊張してると「がんばったらええやん。それより飲もうや」みたいなわりとおおらかな雰囲気を作ってくれて、そこはとてもよかったけど(笑)

 


Oh Shu & BIOMAN / Villa Tereze ( Official Digest Movie )

 

──でも、その「自分がやんなきゃ」感は、『Big fish』にもつながってるのでは?

 

王舟 『Villa Tereze』でも、デモをめちゃくちゃたくさん作ったんですよ。でも、最初に奈良の東吉野で合宿したときにBIOMANが作ってきたデモを聴いたら、おれが作ってたのとはだいぶ違うなって感じで、そこからまた一回方向転換したりしたんです。だから、曲のことを考えるきっかけは多かったかもしれない。

 

──そのとき候補にならなかった曲が今回のタネになった、みたいな部分もあるでしょ。

 

王舟 そうですね。そのときかたちにしなかった曲で、そういうのはあります。でも、「今回これがやりたい」みたいなのは、おれはないんですよ。「何をやったらいいか」とか「これやりたい」みたいなことがないから、逆に最初のフォーマットを決めたいのかもしれない。いざ作業をやりだすとおもしろくなるんで。とにかく作業をやり始めるところまで持っていきたいんだけど、それがなかなか難しいんです。

 

──『Big fish』を作る前に、シャムキャッツの夏目(知幸)くんに40曲くらい候補を聴いてもらったというエピソードがありますよね。まず「そんなに作ってたんだ!」っていうのが単純な驚きとしてもありましたけど。

 

王舟 いまはぜんぜん作ってないんですけど、そのときはいっぱい作ってました。決定打っていうか、「この曲をメインにしたいな、って思うくらいの曲ができないかな」って思ってずっとやってたら曲が増えていった感じです。

 

──結局、その決定打はできたんですか?

 

王舟 いや、じつは決定打になりそうな曲は、かなり前からあったんです。それをアルバムに入れたいんだけど、そしたらバランス的に他はどんな曲を入れたらいいのかわかんない、というタイプの曲。結構、宅録っぽいやつで。夏目くんにも、「好きな人はすごく好きな曲なんだけど、アルバムに入れるとちょっと影響力が強いし、ライヴ映えもしなさそうだよね」って言われて。たしかにその通りだなと思って結局外しました。なので、それとは別方向で、その曲が入らなくてもいいくらい曲を作っていこうと思って、また次の決定打を探すことになるからどんどん曲が増えていったんです。「Thailand」も昔バンドやってた時に「これ、おもしろいのできたな」っていう曲を聴かせようと思ったときに、「ちょっとわかりづらいかもしれないから、保険でポップな曲もつけとこう」って思ってのがきっかけで初めて人に聴かせた曲なんで。

 


王舟 "Thailand" (Official Music Video)

 

──ということは、『Big fish』に入った曲は、その一番好きな曲があらかじめあって、それとはまた違った方向に伸びていった結果でもある。

 

王舟 そうですね。しかも、その入れたかった曲はイタリアでアルバムを作るときに、「この雰囲気で作ろう」と思ってできた曲だったんですよ。でも『Villa Tereze』には、その曲じゃない感じの他の曲を付け加えて世界観を作ろうと思ってやってたら、結局、肝心のそいつは入らなくて、ひとりになっていた、って感じなんです。

 

──なんか不思議な感じですね。結果的に『Villa Terese』や『Big fish』になったアルバムの曲を、離れたところでぼんやりと見てる曲があるという。

 

王舟 おれが好きなタイプというか、「Moebius」とかに近い感じの曲なんですけどね。ポップさがあんまりなくて、ちょっとストイックな感じがあるから。

 

──そういうタイプの違う曲が自分のなかにあることで、作業上の葛藤とかはないんですか?

 

王舟 あるけれど、そういうときは、やり直しするしかない。困ったときは全部イチからやり直し。ひとりで自分のために作曲してると客観的な意見を自分で持つのが難しくて、だから夏目くんに聴いてもらってラクになったというのはあります。考えれば考えるほど、自分が自分に甘えちゃうから。

 

──自分が自分に甘える?

 

王舟 一対一で他人としゃべってるときに甘えられたとしても、「この人はいまこういう状態なんだな」って外から見れる感じがあるんですけど、この場合は自分の内側に相手が発生しちゃってるから、そっちの言うことに引っ張られちゃう。それが外から見たら「自分に甘い」ってことなんですけど(笑)。なので、「これはこれで置いといてもう一回ゼロから作りましょう」というのは結構よくやるんです。だから曲がいっぱい増えちゃう。

 

──その話で言うと、7インチの「don't hurt pride / Muzhhik」を去年の暮れに出したでしょ? 普通だったら、ああいうシングルのA面は、アルバムのリード曲だったりするじゃないですか? じっさい、すごくいい曲だし。でも、あの「don't hurt pride」は結局アルバムに入ってないし、予告ということではなかった?

 

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王舟 あれは、夏目くんが「この曲、クリスマスみたいな時期にシングルで出したらよさそうだよね」って言ってたから、それで出したんです。あの曲もアルバムに入れるとしたらちょっと困っちゃうタイプだったんですよ。でも、「シングルならありだな」と思ってて、そこに「Muzhhik」を一緒に出すっていうのも、それぞれぜんぜん違う曲だし、おれの曲っぽさもあるけどいつもとは変わってる感じもあるから、ちょうどいいなと思ったんです。あの2曲を作ってる時点では、アルバムにどういう曲を入れるかも、まだ決まってなかったから。

 


Oh Shu "Muzhhik"(Official Music Video)

 

──そうなんですね。だからかな、すごく新鮮だし異色な感じがしたのを覚えてます。

 

王舟 どっちかというと、「don't hurt pride」を一回自分から手放すためにシングルで出す、という感じでした。あんまりこの曲をどうするかをこれ以上考えたくなかった。

 

──それもおもしろいですよね。アルバムとしての世界観から切り離された場所にこういう曲がいくつもあって、それぞれが完成して、息してる感覚というか。

 

王舟 いままでは「できた曲をアルバムにする」という流れだったんですけど、今回は事前に曲がいっぱいあったから、アルバムにしたらどんな感じになるかって組み合わせや曲順を考えることとかをすごくやってて。その過程で「don't hurt pride」や、一番最初の決定打だった曲とかは、やっぱりハマんないなという結論になったんです。その代わりに、結果的に『Big fish』になった曲を入れてみたら、「これはこれで意外とありかも」みたいな感じになって。そうやって曲順をちゃんと考えて、メンバーを呼んでベーシックを録ってから、その音源を家に持ち帰って、そこからヴォーカルを録り、いっぱい音を付け加えるみたいな作業をしました。

 

──そういう流れだったんですか。

 

王舟 そうですね、今回はSTUDIO SUNSHINEと七針で北山(ゆう子)さん、千葉(広樹)さん、潮田(雄一)くん、mmm、おれの5人でベーシックを3日間くらいで録って、上物とヴォーカルとかはおれが家で全部やる、みたいな作業でした。その3日間で録れるものは全部録っちゃうという制約だったんです。その段階ではまだ「曲の骨組みは決まってる」くらいの感じです。「Come Come」「Sonny」「Higher Night」はシンプルなんで曲のイメージは最初からわかったけど、たとえば「Tamurou」は、北山さんにドラムを叩いてもらった時点ではまだぜんぜんアレンジができてなかった。北山さん、デモでおれが打ち込んだドラムから、よくこんなに音を拾って叩いてくれたな、って感動しました。北山さんのドラムのプレイで曲の骨組みが決まったり、変わったりもあったし、千葉さんにも3曲くらいベースで入ってもらったらアンサンブルがすごくしっかりして、それでまた自分のアレンジの方向性をもらったりとか。もともと固まってないものを、録れた音で固めていくという感じでした。

 

──『Wang』はバンドでずっとライヴでやってきた曲をレコーディングでもやって、『PICTURE』は他人の手をいれずにひとりですべての音をやって。そう考えると、今回はまたぜんぜん違う作業ですよね。ファーストとセカンドの中間とも言えない。

 

王舟 だから、今回ベーシックを録るときに、マジでどうなるんだろう、ってずっと思ってました。その時点ではまだ30、40%くらいしかできてなくて、音を録ってようやく50%くらいって感じ。でも、去年HALFBYさんのアルバム(『LAST ALOHA』)にヴォーカルで参加したときに、デモが送られてきて歌ったんですけど、仕上がってきた曲(「くり返す」)を聴いたらぜんぜん違う感じになってて、そういう作り方もありだと思ったんですよね。そういう意味では、今回の作業はトラックメイカー的なところはあるかもしれない。

 

──うれしいことに『Big fish』ってリリースされてからの評判がいいじゃないですか。でも、そんなずっと未完成な感じでアルバムの作業が進んでいたと思う人はあんまりいないかも。「この音の配置が絶妙」っていう評価も多いじゃないですか。

 

王舟 完成予想図があって組み立てていくというより、このアルバムはもうできている土台(ベーシック)に対してのいろいろなトライ&エラーの結果なんですよ。だから、今の自分の「勘」による部分が大きいです。でも、作業としてはセカンドのほうが大変でしたね。あのときは全部自分の音だから、全部自分で思いつかなくちゃいけなかった。自分の音を基準にもうひとつ別のアイデアを思いつく、みたいな作業が孤独で大変でした。逆にファーストの『Wang』(2014年)では全部他人の音で、それをミックスするとなると「他人の音を大事にしなきゃ」みたいな思いが強すぎて、自分ではあんまりうまくいかなかったから、奈良に行ってKCさん(岩谷啓士郎)に全部やってもらったし。今回は違う人の音がすでに入ってる状態で、なおかつ自分で音を加えられる自由度は高いから、やりやすかったですね。音に客観性があった。

 

──それはBIOMANとの共作も含めて4枚のアルバムを作ってきて、自分なりにつかんだやり方だとも言えます?

 

王舟 つかんだというか、やっぱり毎回ちょっと「こんなこと、できるかな?」と思うことをやろうとしてるから。意外とそれがうまくいった、って感じです。

 

(つづく)

 

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《LIVE SCHEDULE》


2019.07.05 Fri
王舟 “Big fish” release party
会場 大阪CONPASS
開場 19:00 開演 19:30
前売 3500円
LIVE:王舟(バンドセット)

 

2019.07.14 Sun
王舟 “Big fish” release party
会場 渋谷 WWW
開場 17:30 開演 18:30
前売 3500円
LIVE:王舟(バンドセット)