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なにかあり/とくになし

王舟と「大きな魚」の話をした。/王舟インタビュー その2

長々とお待たせしました。

 

王舟の新作アルバム『Big fish』をめぐるインタビューの後編。

 

後半はアルバム本編の話との直接の接点は離れるようでいながら、ミュージシャン王舟が今考えていることには近づいてるような気がする。まとめてても、なんだか振り子みたいなインタビューだとも思ったり。

 

彼があらたに始めた、ミュージシャンに録音機材のことを根掘り葉掘り聞いていく音楽サイト『DONCAMATIQ(ドンカマティック)』の話も出てくるので、どうぞ最後までお付き合いを。

 

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写真:松永良平

 

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王舟 "Lucky"(Official Music Video)

 

──『Big fish』の評判はすごくいいでしょ?

 

王舟 評判はとてもいいんですけど、どうやったらもっとたくさんの人に聴いてもらえるのかな……そこを考えながらほかの人の音楽を聴くと、もっと人に伝えることを重視してるなって思うものが多いんですよ。でも、「それは俺は苦手だな」って思う(笑)。人に何か具体性を伝えるために音楽をすることが。だから「これはおれにはできるかな?」くらいの難易度のことをやってるのかも。それをやってる間は、伝わるかどうかは考える余裕がないし、考えなくて済む。

 

──とはいえ、王舟くんの音楽は基本的にはポップの範疇であって、サイズも4分くらいに収まってるものが多い。それは「伝えたい音楽」とかたちとしては似てるように思えなくもない。

 

王舟 なんなんでしょうね。「伝えたい」って感じはないけど、いい印象は持ってもらいたいというのはあるんですよ。曲を聴いてる間の目にするものや時間とかにいい印象を持ちやすいようにしたいし、そうさせるのはポップなフォーマットだったりするから。ドラムとかがそうですよね。でも、それは「わかりやすく伝える」とかとはちょっと違う。ノイズやってても「伝えよう」と思ってたり、いろいろ考えてたりすると思うんで。

 

──たぶん、今言ってるような話って、王舟の音楽にみんながいちばん興味を持つツボでもあるし、謎な部分でもあると思うんです。

 

王舟 クセですね。クセみたいなものなんです。全部がそうだってわけじゃないんですけど、アルバムは自分が「今こういうのを好きなんですよ」みたいなものを出すというイメージがあるから、そういうときはクセが出ちゃうほうが好きっぽい。

 

──「好きっぽい」(笑)。普通、自分に対して出てくる表現じゃないですよね。

 

王舟 そこに、わりと大事なものがあると思うんですけど。会話してると、わりとみんなおなじ感じのことを思おうとするじゃないですか。みんな優しいから人に合わせたりもするし、結論を合わせようとしたりする。おれはそこはあんまりなくて、そのときの現場に議論の振れ幅を欲したいという感じがある。余地を残しておきたいんですよ。そういうふうに言うと「なんにも決まらないじゃん」みたいなこと言われるけど意外とそんなことなくて、決めたっていいし、決めたあとの余地を残しておけばいいという感覚。「おれは優柔不断かな?」って前は思ってたんですけど、意外とそうでもない。

 

──「決められない人」というのとは違う。

 

王舟 もちろん自分のなかに決められないことはあるんですけど。作ったデモの出来とかね。そういうときは夏目くんに聴いてもらったりして。

 

──歌詞についてもその振れ幅は通じてきますよね。歌詞は日本語も英語もあるし、英語の歌詞ももともとあやふやな言葉にあとから英語を当てはめたものだったりして。だけど、それは「歌詞なんてなんでもいい」とは違う。

 

王舟 そうですね。一個の質問があったら、みんなは1行くらいで答えてほしいじゃないですか。おれは1時間くらい答えを聞いてくれるのなら説明できるけど、結局その説明を聞いたところでその人はそれを1行には要約できないから、要は「よくわかんない」になっちゃう。その感じが現代っぽいと思うんですよ。ほかの人の音楽を聴くと「要約がちゃんとされてる」感じがあるなと思うのとも通じるかな。全部の音楽がそうだってわけじゃないです。でも、音楽はコミュニケーションのきっかけと考えると、「この曲はここがいいんだよ」って言いやすいっていうポイントがあるのも大事なんでしょうけどね。

 

──逆に「わかりやすい」と王舟くんが感じる音楽の作り手は、王舟くんを聴いて「なんでこんな音楽が作れるんだろう?」と思ってたりするのでは?

 

王舟 そうすね。それはお互いにあるでしょうね。「そんなにわかりやすくやってるつもりはないんです」って向こうは思うかもしれないし。

 

──そういう個人的な「伝えたさ」から乖離した歌が広く伝わるという歴史があったという意味では、僕は王舟くんの音楽にはウディ・ガスリーとかハンク・ウィリアムスと通じるものを感じるし、クロスレビューをMikikiに頼まれたときもそれを意識して書きましたね。現代にウディ・ガスリーみたいなタイプのフォーク・ミュージシャンがいるとしたらDAWでやってるんじゃないか、って。

 

mikiki.tokyo.jp

 

王舟 今ウディ・ガスリーハンク・ウィリアムスとか生きてたら音楽やってるんですかね? 今もギター弾いてるんじゃないですかね? まあ、でもおれは作るときは昔のアコギが今はコンピューターになった、みたいな感じでDAWを使ってるというのはあります。

 

──王舟くんの宅録の曲は前からありますけど、『Big fish』の曲はそれまでとも違う印象だったんですよね。ドラムパターンを作って、コードを乗せて、というのではない、曲の生え方というか。でも「この音色や音の配置の絶妙さ」をすごく狙ったということでもない。

 

王舟 それは狙ってないです。昔は誰かの音楽を聴くとプラグインとかエフェクトとかもっと突き詰めてやろうと思えばおれにも似たようなやれるし、「この配置いいね」とか「コンプってこういうものか」みたいに自分で噛み砕ける感覚はあったけど、今はソフトでできることが複雑すぎてできた音をただ感じるしかないような曖昧な感覚で音楽聴いてて。でも、「なるほど、こういう効果か」って気がつく瞬間はいっぱいあるんです。特にアメリカの今の音楽にはそういうのがいっぱいあって影響されたというのはあるかも。

 

──ソロで音楽を作り始めて10年くらい経ちましたけど、それなりに変化したなと思うのか、やっぱり一貫してるなと思ってるのか気になります。

 

王舟 仕事とかで作曲の依頼があって、要望に沿ったものを作ったりすると「意外とおれって成長してるかも」と思ったりしますね(笑)

 

──前にNHKのドラマ(『嘘なんてひとつもないの』2017年3月放映)の劇伴やったじゃないですか。

 

1fct.net

 

王舟 そのときも「意外とできるな」って感じはあったんですけど、結局そういうふうに思う感覚こそが素人っぽいんですよ。そういうところはずっと変わんないです。

 

──いろんな人と演奏すると、なかには「プロっぽい」じゃなく「プロ」な気質の人もいますよね。そういう現場での違いは感じます?

 

王舟 ぜんぜん感じます。「おれはやっぱりプレイヤー向いてないな」って思う(笑)。まあ、でも自分と比べられはしないですけど、ボブ・ディランって「素人っぽさ」が「プロっぽい」ですよね。ザ・バンドとやってるやつでもひとりだけやたらとズレまくるし。ちょっとおれが言ってることとは違うかもしれないですけど、そこに「こんな感じで演奏してもいいんだ」っていう発見はあって。周りはがっしりしてるのに自分は足並み揃えない。そういうのはいいな、って。

 


The Band - Forever Young

 

──こういう取材って、アルバムがリリースされるとき、つまり本人としては作品を作り終えたときに受けるじゃないですか。それって、聞かれてるほうとしては「もう作り終えちゃったものなんで」って気持ちになったりするところもあるのかなと思うんです。特に王舟くんの話を聞いてると、そういう部分は少なからずあるんだろうなと。

 

王舟 それはめちゃめちゃあります。だから、「これから聴いてくれる人が増えたらいいな」という感じはあります。今はもう「次のやつどうしようかな」って考えたりしてるから、前のやつを振り返ってもわりと忘れてるという感じはあります。答えてるうちに「そういえばそうだった」って思い出す感じはあるんですけど。本当は丁寧に解説ができるんだったらやりたいんですが、次のことを考えてるほうが自然だし、そこも人に伝えるということの難しさっていうか。

 

──時間の制約とか?

 

王舟 それもあります。さっきも言ったように言葉を要約できないから。読んだ人が「こういうアルバムなんだな」って思うようなことがあんまり言えないんですよ。それこそ自分のなかでまとめてるわけじゃないから。作ってくうちに自分も変わってく感じでやってるから、なおさら終わったあとからは説明はしづらい。

 

──たとえば、絵を描く人は、描いている状態について語りたいし、だから絵を描くわけで、描いてしまった作品について語ることはない。そういうのに似てますね。

 

王舟 本当、それですね。絵は結果みたいな感じなんで。なんなら「描いた絵」より「描かれてるときの映像」を見たい。そこがいちばんおもしろい気がするんですけど。

 

──そういう意味でも、王舟くんは常に作っていきたいひとなんでしょうね。

 

王舟 でも、それでいえば音楽は鑑賞してるときに時間が流れてく仕様だから、絵よりはわかりやすい気もするかもしれない。あ、でも油絵もカサブタとかあるから、細かく見ていくとそういう作者の痕跡は残っているかもしれない。

 

──制作して、できたら取材されて、リリースして、ツアーやって、みたいな、ずっとこの業界のルーティンとしてある流れ、みたいなものにも、もしかして抵抗感はあります?

 

王舟 そうですね。レコ発のライヴ終わったら、もう『Big fish』のことは終わりでいいかなとか、レコ発やる前はもう次からは本当にリリースだけでいいやって思ってました。でも、それで将来マジでどうやって食っていったらいいのか不安になりますけど(笑)。レコ発はレコ発で楽しかった。ただ、今回出してみて、今後はもっとどんどん作んないとダメなんだなと思いました。別名義も作って、レーベル管轄外で曲を出してくのも楽しそうだからやろうかな、とも思ったり。

 

──人をプロデュースしたりすることには興味あります?

 

王舟 自分の作品をひとりで作るより人と何か作ることの方が今は向いてるかも。プロデュースというか、周り見てもみんな自分たちでやってる感がすごい強いから、うまくいってるときはいいんですけど、細かい迷いだったり戸惑いを感じたり、まさに今回のおれが途中でそういう感じだったみたいなときに、人の作業に入っていったりするのはおもしろいし、やってることは音楽なんで、おれが出せるアイデアもあるし。

 

──今はエンジニアの人が音作りの点でプロデューサーの代わりをやってるようなところがありますしね。

 

王舟 そうなんですよ。でもエンジニアはエンジニアの領分があって、こっちがいろいろほかの面でも求めすぎると結構その人も大変になっちゃうし。それに、エンジニアは現場にひとりしかいないことも多いから、意見の分母として少ないんですよ。

 

──自分プロデュースにある程度限界があるというのも確かに同意見です。

 

王舟 そうですね。まあ、それも人によるのかな。おれはいろいろ意見が欲しい時期だったので。

 

──ミュージシャンに機材のことを王舟とmei eharaさんがインタビューするという企画(『DONCAMATIQ(ドンカマティック)』)もようやくウェブ連載が始まるらしいですが(※取材時はまだ公開前でした)、王舟くんのそういうプロデュース面での興味と絡んでくる話ではあるんですか?

 

note.mu

 

王舟 いや、やがてそういう興味とつながるところがあったらいいな、という感じですかね。そういう記事をおれが読みたいなと思ったからやるんですけど。実際に話を聞き始めるとおもしろいんですよ。テーマはわりと広範囲だし、基本的にはリリースのタイミングで話聞くとかでもないんで、だんだん今の時点からその人の過去を振り返った長いスパンの仕事の話にもなるから。

 

──人選は王舟くんが決めてるんですか?

 

王舟 今は中心になってる三人で話し合って決めてますけど、菅原(慎一)くんとmmmは最初にやりたいと思ってました。やってみたら意外と共通点があって、みんなパソコン使えないとかね(笑)

 

──王舟くんが王舟自身に聞くという回があってもおもしろいだろうけど。

 

王舟 自分の今回のアルバムでいうと、いろんな音をサンプリングして貼り付けたり修正したりしたんですよ。mmmのフルートも、潮田くんのギターも30テイクくらい録ってます。

 

──すごいですね。

 

王舟 それを切り貼りして、編集してるときが楽しいですよ。でも、完成した楽曲を素材として使うのはぜんぜん興味なくて。単音で録ったフレーズをいじって、音程変えたり伸縮させたりするのが、人のプライベートな時間をいじってる感覚があっておもしろいんで。フルートのフレーズでも、ぜんぜん違うメロディを吹いてるのを細切れにして別のフレーズにしたり。

 

──手法としてはドナルド・フェイゲンの『ナイトフライ』みたい。

 


NEW FRONTIER - DONALD FAGEN ( ! ORIGINAL VIDEO ! )

 

王舟 いやー、比べたらアレですけど。向こうは手間がハンパないし。しかも、テープの時代ですからね。

 

──でも、王舟くんもドナルド・フェイゲンも「すでに存在してる音」じゃなくて、生身の人間が出した音をサンプリングしたわけだから。

 

王舟 なんかね、ちょっと他次元感が出るんですよ。雑味があって擬似的になるというか。きれいにまとまっちゃうと親近感がなくなる。

 

──その不思議な親近感っていうのかな、今回の『Big fish』が「すごく機械的な音に聴こえるのになんでこんなに人肌な感じなの?」っていうところは、みんな共通して感じてることなんじゃないですか? もっとひんやりしたサウンドになっていてもおかしくなかったのに、なぜこんな湿度があるのかと思うんです。

 

王舟 そうなんですよね。おれも聴いて「なんでこんなに湿度あるの?」って思ったんです。

 

──今日ぼくは『ビッグ・フィッシュ』見てきたでしょ? そのなかで「humidity」っていう英語が出てきて、日本語で「湿度」なんですよ。そのときに「あれ? これ『human』って単語と頭の3文字おなじじゃね?」って思ったんです。それで調べたら、湿度の「humidity」と人間の「human」の頭の「hu」っておなじ語源だったんです。

 

王舟 へえー。

 

──「hu」ってのが「地面」とか「大地」って意味で、地面が湿るから「humidity」で、地面に立って暮らす人だから「human」だったかな。それって今王舟くんが言ってた音の湿度感の謎と通じてることかもしれない。

 

王舟 へえー。おれは自分では「なんでこうなるんだろ?」ってずっと思ってたんですけどね。もっとカラッとさせたいのに、って。でもそれ、おもしろいですね(笑)

 

(おわり)

 

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もう一度前半を読むのはこちらから。

mrbq.hatenablog.com