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なにかあり/とくになし

蚊帳の中で

「はい、それじゃ今回はあたくしは
 帰らせていただきますよ」
原稿のお盆進行がどうにかこうにか片付き、
(一部は後回しにもなり)、
女中シメキリは
ようやく荷物をまとめて
帰って行った。


シメキリの画像としてのイメージは
本田ちよであることは以前に書いた。


では物腰のイメージはというと、
それは子供のころ、
実家で面倒を見てくれたお手伝いさんの
オノダのおばちゃんだと思える。


家業が忙しく、
それでなくても男の子4人兄弟を抱えていた我が家には
何年間か、お手伝いさんが住み込んでいた。


オノダのおばちゃんで思い出す原風景のひとつには
夏の蚊帳(かや)がある。


暑い夏の夜、
田舎の家は窓を開け放つので、
蚊や夏の虫の侵入を防ぐのは
もっぱら蚊帳の役目だった。


“蚊帳の外”という言葉の語源でもあるのだが、
ひょっとしたらもう30代以下のひとには
わからないかもしれない。


その蚊帳の中で
オノダのおばちゃんが
なかなか寝付かないぼくたち兄弟を相手に
いろんな話をしてくれていたような記憶がある。


水泳が苦手だとか、
好き嫌いが多いとか、
子供時代のそういう苦い現実はともかく、
蚊帳の中では
ぼくたちは王子様になれたのだ。
何となく。