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なにかあり/とくになし

にじみの旅

ニカさんは
歌いはじめる前から
もう泣いていた。


二階堂和美「にじみの旅」
ファイナル@渋谷クラブクアトロ


超満員の場内に感極まってという思いもあるだろうし、
全国30会場をわたりあるいた
「にじみの旅」の完結編という舞台に
思いがこみあげないはずもない。


もっと言えば
その涙は
この2011年に
こうして生きていて
こうして集ってくれて
ありがとうというか
よかったねというか
つらかったし
これからだよねというか
理屈じゃ伝えきれない何かだった。


だって
ぐしゅぐしゅだったんだぜ、二階堂和美
自分まるだしで。


天衣無縫と形容されたかつてのニカさんと
現在の「にじみ」のニカさん。


何かが根本的に違うとは思ってないけど
アルバム「にじみ」で見せた
今を自分まるだしで生きる彼女に
それまでとは違う心のつかまれ方をした。
今夜どうしてもここに居合わせなくちゃと感じた。
それは
ぼくだけじゃないと思う。


あのころの
歌と一体化して溶けそうになっていた天才少女に
現実のなやみやくるしみや
ささいな喜怒哀楽がしみこんで
にごりになって
にじみになって。


「女はつらいよ」を彼女がうたうとき
ぼくたちは
どこか架空の一杯飲み屋に現れた
流しの彼女といつでも隣り合わせになれる。


高円寺阿波踊りが出たり
サンバカーニバルが出たり
笑いあり涙あり
渋谷クアトロ・スペクタクル。


おおきく世界を揺さぶる歌でなくても
こんなに近くで心を動かす歌に
ニカさんがたどりついたことを
音楽の神様仏様
心から感謝します。


ライヴの終盤だったかな。


にじみバンドのメンバーが
ひとりずつ
二階堂和美!」と
歌舞伎の大向こうのように
ニカさんに呼びかけるシーンがあった。


山村誠一さんから順にまわっていって
最後は
「にじみ」というアルバムの
もうひとりの生みの親でもあったピアニスト、黒瀬みどりさんへ。


舞台慣れした他のメンバーと違って
彼女はいつもひとりだけ
飾り気ゼロの”普通”をニカさんのライヴに持ち込む
稀有で素晴らしいキャラクターであり
得難い親友だ。


マイクを渡されて
すこしとまどったように見えた彼女は
それでも心のままにうながされるように
ニカさんに呼びかけた。


「ニイちゃーん!」


舞台で輝く天才歌手“二階堂和美”を
一瞬にして心のふるさとに帰してしまう
限りなくタブーみたいな
やさしいやさしい言葉だった。


たまりかねて
抱きつくニカさん。


彼女にしか言えないそのひとことに
二階堂和美の真実が全部言い当てられているような気がして
そして
ぼくにもみんなにもいた(いる)はずの
だれか特別なひとへの思いを引きずり出されて。


泣いた。


映画「網走番外地」の一作目で
雪原を逃げ切ろうとして極限状態に陥った高倉健
転がり出た大きな海原で叫ぶひとこと。


「かあちゃーん!」


何故だか
そのひとことに
ぼくのなかでは
とても似ていたんだ。