ホウ雪崩
鍋あり。弟来たる。
鍋も底をつき、茶を飲む頃には「NHKアーカイブス」。
黒部峡谷の雪崩をめぐるドキュメンタリーだった。
「おお、黒部のホウ雪崩だ」と弟がつぶやく。
むむ? いぶかしげな。
いつの間にこいつは雪山の自然現象に詳しくなった?
疑問はそのままに会話を流していたら、
「兄貴はホウ雪崩を忘れたのか?」と厳しく詰問される。
ホウ雪崩?
ホウ?
「高熱隧道じゃ。忘れたのか!」と一喝をくらって
ようやく思い出した。
もう10年ほど前だが、
弟との間に時ならぬ吉村昭ブームが起こり、
先を争って文庫を読みかじっていた。
その中で黒部峡谷にダムを作るためのトンネル掘削をめぐる
一大ドラマ「高熱隧道」があった。
そして“ホウ雪崩”とは、正しくは“泡雪崩”だと
漢字を伴って記憶に戻ってきた。
泡雪崩、おそろしいのである。
それを思い出してしまえば、
あとは吉村昭の名作群についての思い出が
「破獄」ではあんなことがあった
「漂流」ではこんなことがあったと
まるで自分が体験したかのごとく
両者の口から泡雪崩。
そう言えば、ちくまプリマー新書におさめられた吉村さんの
「事物はじまりの物語」をこないだ読んだばかりだった。