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なにかあり/とくになし

毛利久

ミュージックマガジン」08年1月号発売。
レコスケくん」完全版のレビューを書きました。


先週の話のつづき。


大阪からの帰りの新幹線で、
横山剣の書き下ろし自伝
「クレイジーケンズ・マイ・スタンダード」(小学館)は
ツマが読んでいるので、
ようやく再刊された
阿久悠「夢を食った男たち」(文春文庫)を読んでいた。


「スター誕生」をめぐるドラマを中心につづった
自伝的なドキュメンタリー。
一気に読み終えた。


その中に
東芝EMI伊藤咲子のデビューを手掛けた
名物ディレクター、
渋谷森久の話が出てくる。


ユニークなキャラクターと弁舌を活かして
70年代半ばには
「オールナイト・ニッポン」のDJをつとめたとある。


しかし、
会社員である以上、
本名は避けたいということで
付けた芸名が
名前の森久(もりひさ)をもじって
毛利久(もうりひさし)。


あっ、と思った。


去年、ぼくは毛利久にずっと会っていた。
直接にではなく、ブラウン管を通じて。


DVD化されたTBS水曜劇場ドラマ
寺内貫太郎一家」に出て来る
居酒屋「霧雨」の常連客と言えば、
横尾忠則ばかりが取り沙汰されるけれど、
実はもうひとり、
髪が薄くて眼鏡のノッポさんが必ず店にいるのだ。


ストーリーにはまったく絡まない。
ただいつもそこにいて、
相づちを打ったり、
由利徹左とん平とバカ騒ぎしていたり。


その人こそが、
毛利久、すなわち、渋谷森久だった。


渋谷森久
伊藤咲子のデビュー曲「ひまわり娘」を
英国録音で実現させた人であった。