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なにかあり/とくになし

けれんについて

以前に働いていたレコード店では
クラシックも扱っていた。


店主はへそ曲がりの人物だったが
思ったことを黙っておけないという意味では
子供のように素直なひとでもあった。


カラヤンは品(ヒン)がない」


そんな言い草を聞いたのは
一度や二度ではない。


そして
店主はその低評価を価格設定に実行した。
日本で発売されたクラシックのLPレコードには
廉価盤(70年代以降に発売された1500円シリーズなど)という
大きな潮流があり、
それらはほとんど中古になると二、三百円で叩き売られていたが、
その主軸を占めるのが
カラヤンだった。


もちろん、
それだけのスターだったから
レコードが大量に発売されたわけなのだが、
中古の世界ではかなり分が悪い。


安売王、カラヤン


一度、そんなに品がないのかと思い
レコードを聴いてみた。


よくわからない。


続いて、同じ交響曲
古い世代の名指揮者と呼ばれるひとのレコードで
聴いてみた。


よくわかった。
カラヤンは速いのだ。
走っている、と言ってもいいくらいだった。


「ね、品がないでしょう?」と
耳の奥で店主のダメ押しが聞こえた気がした。


ちょうど今、
朝のNHK-TV「知るを楽しむ」の再放送で
天野祐吉の語るカラヤン」というシリーズを連日やっている。


これを見ておどろいた。
カラヤン、かっこいいのだ。


最初に耳に飛び込んできたのは、
カラヤン
クラシックのレコーディングで
テイクを重ねて楽章や断片ごとのテープ編集を行った
最初のレコーディング・アーティストであったというくだり。


そして今日、
今度はフランスの映画監督
アンリ=ジョルジュ・クルーゾーに撮影させた
60年代の白黒フィルムの
大胆すぎるカメラワークが
目に飛び込んできた。


コンダクトする手だけのアップ、
金管のアップ、
真上からの俯瞰、
そのいちいちに目を奪われる。


何かのドキュメンタリーだと思うのだが、
ドイツの山道を
スポーツカーで飛ばすカラヤンの映像もあった。


「せんれん」と「けれん」が
同居したのがカラヤンだと書いて
クラシック・ファンから怒られたことがあると
天野さんは言った。


「受け狙い」という悪い意味を持つこともある
「けれん」という言葉が嫌気されたのだ。


だけど、ぼくはうれしかった。


数年前、
あるひとと話していて
「松永さんはどんな音楽が好きなんです?」と訊かれて
「けれん味のある音楽です」と答えたら
相手が黙ってしまったという経験が
ぼくにもあったからだ。


放送は10、11日も続く。
(いまいましい国会中継さえなければ)
とりあえず、このひとのことを
もうちょっと知ってみたい。