mrbq

なにかあり/とくになし

意地でも春を

阿佐ヶ谷の何でもない道を
父子が歩いていた。


こどもはまだ幼く
歩き方もおぼつかない。


お父さんはダウンジャケットを着込んでいる。
かなりの長身だなと思ったら
外国の方だった。


追い抜いてほどなく
うしろから
鼻唄が聴こえてきた。


ワンフォザマネ、
ツーフォーザショー……。


親子の散歩には似つかわしくないロックンロールは
「ブルー・スウェード・シューズ」だった。


寒さのせいで
咲きかけたまま、もうずっとフリーズしている桜と春に
蹴りを喰らわすように
青い目の父親は
一番を完璧に歌い終えた。


ずっと聴いていたい気持ちに後ろ髪を引かれながら
角を曲がった。


夜、
代官山に向かうタクシーでは
運転手さんが
明日、会社の仲間を誘って近所で花見をするのだと
言っていた。


本当なら
来週が見頃なんでしょうが、
先週の陽気のせいで
予定を見誤っちまったんですよ。


運転手さんは苦笑いしたが、
そんな無謀な宴に挑むことが
どこか楽しそうでもあった。


来ないんなら
こっちから行くぞ。


意地でも春をつかまえに。


春に飛び込む運転手さんの勢いに乗せられて
ぼくはすこし元気になった。