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なにかあり/とくになし

靴ひもを結べない男

靴ひもを結ぶのが
致命的にへたくそだ。


結んでも結んでも
ほどけてほどけて。


つい十数分前に固く結んだはずのひもが
見事なまでにはらりと解けているのを見るにつけ、
ひょっとして自分の前世は
縄抜け奇術の天才フーディニだったんじゃないかとすら思う。


ときどき見るに見かねて
ツマが結んでくれるのだが、
これがまたがっちりぴっちり、
まるで接着したがごとく固縛りになる。


おそらく
ぼくは自分の足を甘やかしているのだろう。
だって、ツマの結ぶ力は
「あ! そんなに強く結んだら二度と靴が脱げなくなる!」と
思わず声をあげたくなるくらい厳しいのだ。


「靴ひもってのはね、
 一回一回脱いだり履いたりするたびに結ぶものなの。
 あんたはそれを横着してるの。
 だから靴を早くにダメにしちゃうの」


ぐうの音も出ません。


今日もぼくの靴ひもは
「もうだめ〜」とばかりに自分からほどける。
忍耐力にとことん欠ける靴ひもちゃんなのだった。


ところで、
ほどけた靴ひもを年柄年中結んでいながら
つい最近まで気づいていなかったことがある。


靴ひもって
どうも左足の方が長い傾向がある。
蝶結びにしたときに
左足の方が長めに余る。


ということはつまり
ぼくの右足は
左足より少し大きいらしいのだ。


小学校高学年から中学生の成長期にかけて
剣道をやっていたからかもしれない。


踏み出して道場の床をターンと叩く右足の方が
いつの間にか大きくなっていて
そのまま定着してしまったのではないか。


剣道選手としてのぼくは才能ゼロだったが、
妙な影響だけ肉体に残ったのだとしたら
あのころを懐かしいと思えなくもない。


しかしあれだな。
そのことに気づくまで、
これは何か
世界の靴歴史みたいな部分で
語り継がれるジンクスというか
中世の伝説的な職人が母親のために左の靴ひもを長くした(?)とかいうエピソードが
ぼくの知らないところに存在しているのではないかと考えたりしていた。


そんなわけあるか!
だいたい靴ひもに右用、左用なんてないよ。


靴ひもを結べない男の考えることなんて
そんな虫のいいことばかり。