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なにかあり/とくになし

天使たちのシーン2

ぼくが働いているハイファイ・レコード・ストアでは
年に何度かアメリカに買付に行く。


こないだの買付で
ぼくのボスである
O江田さんのラップトップPCが
アメリカ到着初日に故障するという
ちょっとした事件があった。


起動画面になったまま
半日待っても何も起こらない。
いろいろと出来ることを試してみたがいかんともしがたい。
日本にいればすぐさま修理に持ち込むところだが
ここはアメリカ。
しかも今回の2週間近い旅程はまだ始まったばかりだ。


仕方がないので
しばらくぼくのPCに間借りをして
hotmailなどで
日本での仕事などの連絡に使ってもらうことになった。


その晩も
ひととおりぼくはメールをチェックし終わったので
O江田さんに、どうぞと声をかけた。


O江田さんがメールを見ている間、
ぼくは部屋にあったiPodステレオに自分のiPhoneを刺して
適当に音楽をかけ始めた。


適当に読み込ませたいくつかのCDだけでなく
今までに選曲したCD-Rの音源も
ほぼここに入っている。


いろいろとザッピングしていると
O江田さんが申し訳なさそうに声をかけてきた。


「あの〜、松永くん、
 “天鳳”をしていいかなあ?」


なぬ!
天鳳とは
オンライン麻雀ゲームのこと。
ぼくもときどきヒマつぶし&憂さ晴らしにやっている。


見知らぬ者同士が24時間いつでも対戦出来るのだが
ログインには自分のIDとパスワードが必要だ。
しかしこの場合、
O江田さんは自分のPCがクラッシュしていて
パスワードも思い出せないでいる。


つまり
ぼくのIDで遊ばせろ、という意味なのだ。


自分のPCが壊れて
夜のちょっとした息抜きも出来ないのだろうと
ちょっと不憫な思いもしたし、
ビールを結構飲んで酔っぱらったぼくは
PCで原稿を書いたりする気分もとっくになくなっていたので
いいですよと返事した。


「でも負けないでくださいね」
「わわわ、わかってるよ」


大のおとながふたりして
アメリカまで来ながら
ひとりはネット麻雀
ひとりは酔っぱらってベッドでごろり。


こういうときに似合うBGMは何だろう。
そうだ、あれがあった。


大槻ケンヂ小沢健二をカヴァーした
天使たちのシーン」。


「ななな何だよ、これは」


O江田さんは
いささか狼狽していた。


今のぼくらには
潔くてまぶしすぎるオザケンのオリジナル・ヴァージョンよりも
だらしなくのたうちながらも
何とか日々を持ちこたえるように響くオーケンのカヴァーの方が、
この場にはふさわしい。


パンツ一丁で鼻クソをほじくりながらでも救われたい魂、
ぼくらに必要なのはそれだ。


だが、
このカヴァーを知らなかったO江田さんには
この動揺は逆効果だったみたいだ。


「あー、負けちゃったー!」


今度のツアーで
小沢健二は「天使たちのシーン」を歌うだろうか。
ぼくにはそれが
結構大きい。