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なにかあり/とくになし

ブラバン

津原泰水(つはらやすみ)を知ってますか?


ぼくはほとんどなにも
このひとのことを知らなかった。


YA向けホラー作家として
活発な活動をされているそうだが
旅のついでに
たまたま「ブラバン」という文庫本(新潮文庫)を手に取った。


ぼく自身は
高校時代は帰宅部だったが
ふたりの弟は吹奏楽部に所属して
とくに渋谷の(旧・中野の)弟は部長まで務めたはず。


つまり
この本をぼくが手にした理由は、
1980年に吹奏楽部に入った主人公が
25年ぶりに当時の部員たちと再会するにあたっての
人間ドラマだというキャッチフレーズを
なんとなく実弟たちと重ね合わせて
おもしろそうかもと思ったに過ぎない。


ところが
読み終えてみると
この新品の文庫本は
あっという間にぶかぶかのぶわぶわになっていた。


いいフレーズだなと思って
付箋代わりにページの端を折りはじめたら
でるわでるわ宝のフレーズの山。


音楽がテーマであり
過ぎ去った部活が舞台ではあるのだけれど
語り手である主人公の軸足が
ちゃんと現代にあって
セピア色の思い出をさするような話にはなっていない。


ライターの磯部涼さんが
かつて自分たちやアーティストを指して
「青春という病をこじらせている」という表現を
どこかの雑誌で書いていたのを読んで
心底くやしく
また素晴らしいなと感嘆したことがあるのだが、
そういう意味で言うと
この小説はそんなふうにぼくをしびれさせるキラーな一節だらけだった。


あるページから引用して紹介したい。


「名曲が郷愁と寸分なく合致した時、それは人を殺すほどの、あるいはもう一度生まれ直させるほどの力を持つ。(中略)それらを耳にするたびに僕は、死んでしまったあとで自分の葬儀のBGMを聴いているような気分になる。同時に、ついさっき大人の気分で生まれてきたような気にもある。」
 ーー津原泰水ブラバン」(新潮文庫)362ページ5行目から11行目より引用。


そして
ここから始まる
362ページと363ページの見開きに書かれた文章は
おそろしくぼくの心を揺さぶった。


かつて
いや
ひょっとしたら結局今でも
ぼくが考えていることは
そこに書いてある意味と言葉に
ほぼ代弁されてしまっているような
至福と絶望を同時に味わい
甘美な思考停止にさらされた。


すこし前に流行し
映画もつくられた
いわゆるブラバン青春物語とは
苦みの点で一線を画しているし、
クラシックからポピュラー音楽、
ロックやジャズに至るまで
著者の造詣は自然と深い。
そのどれもが嫌味なうんちくになりさがらないのは
鍛え抜かれた筆力の成果だろう。


それは
広島弁で交わされる会話表現の巧さにも表れている。
気のない相づちの書き方が
おそろしく絶妙。


なんだか褒めちぎってばかりな気がする。


登場人物の多さゆえの伏線の読み取りにくさとか
主人公の屈折した心情の背景となるはずの
高校卒業後に大学や社会で味わった挫折感が
何故かそれほど描かれないままになっているとか
すこし気になる部分もあった。


とは言え
それでもこの小説は
ぼくたちを強くつかまえる力を持っている。


ぼくたちがかつて
かくも複雑に入り組んだ青春を
めんどうくさがらずに生きていたという事実への
誇りをくすぐる。


この本の発見を
さも自分の手柄のように書いてしまったが
すでに文庫は6刷に突入している。
見つけた場所も空港の書店の平積みだ。
ぼくが知らなかっただけかもしれない。
だとしたら
今ようやく追いつけた。
そのことをただ単純に幸福に思える読後感だった。


その余韻の大切さを編集者もわかっているのか
この文庫には
あとがきも解説もついていなかった。