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なにかあり/とくになし

ア・デイト・ウィズ・バンヒロシ その1

やっぱり京都話、
すこしつづけて書くことにします。


タイトルは
「ア・デイト・ウィズ・バンヒロシ」で。
昨日は“その0”だったカウントで。


ではあらためて
京都五条のハライソに舞台を戻します。


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メールのやりとりはともかく
じかに安田さんと会うのはひさびさ。


安田さんの第一声(あいさつは除いて)は
「今日、『マチェーテ』見てきたよ」だった。


バンちゃんが来るまでの間、
神戸の生んだ“エンソル(演歌+ソウル)”シンガー、フレディーの
制作途中の新作をさわりだけ
ちらっと聴かせていただく。


某画伯(日)が手がけた
某画伯(米)を意識した
フレディーのアルバム用のアートワークも拝見。
絵と音で
脳からたらっと鼻血が出た。


そうこうしているうちに
「バンヒロシ大学」の主役
バンちゃん到着。


お客さんも続々と来店し
店内はそれなりに埋まってしまった。
ターンテーブル一台で
客入れDJのようなものをぼくがつとめた。


いよいよ時間ということで
オープニングのBGMは
バンちゃんが80年代に率いた伝説の名バンド、
スマッシュ・ヒッツの名曲「テル・ミー」。
もちろん7インチで。


本日の「バンヒロシ大学」は三部構成。


第一部は
バンヒロシの数奇でファニーでラッキーな
ロックンロール人生を語るトークショー


第二部は
教授陣(ぼくも含む)による
バンヒロシに聴かせたいDJコーナー。


そして
第三部が
教授陣(ぼくも含む)による歌のコーナー。


最初の予定では
第一部のトークには
ぼくは途中(1999年以降)から参加する予定だったが、
なし崩し的に相づち係として
最初から同席することになった。


非常にゆるく船出したイベントは
まずは
バンちゃんとマーク・ボラン
出会いのエピソードから始まった。


音楽的に出会ったのではなく
リアルに出会ってしまった話なのだから
バンヒロシはおもしろい。


詳細を記すと
当日来ていただいたお客様(なんと東京からも)の特権が失われてしまうので
以下はダイジェストで。
細部はみなさん想像してください。


マーク・ボランにサインを直接もらう。
・初デイトは荒井由実
・高校卒業後、
 ロックンロール・バンド、アップル・ドールズでシングル・デビュー。
 シングルは京都限定発売で500枚プレスの超レア盤。
・伝説のロック・バー「万歳倶楽部」を設立。
 YMODEVOも訪れる伝説の店になる。安田さんと知り合ったのはこのころ。
・伝説のノイズ・バンド、のいずんずりに初代ギターで参加。
・のいずんずり脱退後、スマッシュ・ヒッツを結成。
 東京12チャンネルの番組では小林旭と共演。
・佐川急便マネーを活用し、伝説のソノシート「バンちゃんとロック」制作。
・しばしの沈黙を経て99年にbambinoとして復活。
・bambinoの「すっとびヒロシ五十三次」が
 クレイジーケンバンド「まっぴらロック」に影響を与える。
・bambinoのライヴ映像がタランティーノ映画「キル・ビル」に影響を与える。


これ、
全部ホントの話。


その他にもいろいろありすぎるエピソードを聞いていたら、
一時間で終わるはずの第一部が
二時間に達するという事態に。


いろんな偶然でラッキーチャンスを手に入れてしまうバンちゃんを
安田さんは“わらしべ長者”にたとえ、
イベントに来ていた知り合いのKくんは
唐突に大物たちと遭遇し
無意識のうちに影響を与え続けるバンちゃんの人生を
「なんだかフォレスト・ガンプみたいですごすぎますねえ」と言った。(つづく)


ア・デイト・ウィズ・バンヒロシ その1 松永良平