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なにかあり/とくになし

マイ・ライフ・アズ・ア・(シリー)・ドッグ その3

話は前回の港湾労働から
すこし前に戻る。


日雇い派遣のバイトは
あながちつらいものばかりでもなかったという話も
書いておきたい。


その日の仕事は
東京の北のほうまで行ってくださいというもので
内容は“内装の手伝い”とだけ聞いていた。


待ち合わせ場所に着いておどろいたのは
呼ばれたのが
ぼくひとりだけだったこと。


通常は
単純だが体力の要る仕事を数人でやるというパターンだったから
これはちょっとおおごとになりそうだと
憂鬱な気分になった。


やがて幌をつけた軽トラックがこちらに向かってきて、
なかから作業着を着た
おとなしそうな青年が現れた。


見た目からすると
ひょっとしたらぼくより年下かもしれない。
とは言え、
このひとが今日のぼくの現場のボスであり、
ボスであるからには彼の権力が絶大なのだ。
見た目はこうでも
ことが平和に進むとは限らないということを
ぼくは短いキャリアながらもこの仕事から学習していた。


ところが
この若いボスの第一声は
ぼくの警戒心を軽くそらすものだった。


「あ、今日はよろしくお願いします」


なにげない挨拶だが
このジャブは効いた。
この仕事で
現場のボスに敬語で挨拶されたのは
ほぼ初めてだと言ってよかった。


「今日の仕事の内容は聞いてますか?」
「いいえ」
「そうですか」


今思い出してみると
彼の顔は
サッカーの岡崎選手に似ていたような気がしてきた。


目が細くて
つり目っぽくて
やさしそうな感じも似ていたっけか。


で、今日の仕事は?


「ぼくの仕事はユニットバスを作ることなんです」


え?
これはまた
なかなか不思議な現場に来たもんだ。


いやいや
おもしろそうでも
ラクだとは限らないぞ。


敬語を使っていても
やさしいひとだとは限らないぞ。


あくまで警戒を解かぬように心がけながら
ぼくは指図されるままに
トラックの助手席に乗り込んだ。


すぐ近くだという現場に
トラックはとことこと走り出した。(つづく)


マイ・ライフ・アズ・ア・(シリー)・ドッグ その3