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なにかあり/とくになし

マイ・ライフ・アズ・ア・(シリー)・ドッグ その9

「一日、店番をしてくれないか?」


ハイファイ・レコード・ストアの大江田さんに
そう声をかけられたのは、
日雇い派遣で糊口をしのぐ生活が
そろそろ2年目を終えるあたり
2000年の秋の日だった。


なんでもその日は
スタッフ全員が集まる大事なパーティーがあるとのことで、
いっそお店を休みにしてもいいのだが、
「ああ、松永くんがいたと思い当たったんだ」と説明され、
ぼくは「はあ」と
うれしいような
まだ事態がのみこめないような顔で
相づちを打っていたと思う。


この話をいただくすこし前から
ぼくはハイファイのウェブ・マガジンで
いろんなひとにインタビューをする連載をはじめていた。


のちに
「20世紀グレーテストヒッツ」という
神をもおそれぬタイトルで単行本化されたその連載、
当時は
「20世紀に連れてって」というタイトルだった。


連載のきっかけは
「リズム&ペンシル」を読んだ大江田さんが
「こいつに知り合いをインタビューをさせてみたらおもしろそうだ」と思ったことで、
取材する相手も
最初のうちは完全に大江田さんが決めていた。


日雇いの仕事が終わると
作業着を派遣会社に返しに行き、
可能であれば銭湯に寄って汗を流し、
指定された取材場所に向かうなんてことも何回かあった。


覚えているのは
いつだったかの取材のあと
大江田さんとふたりになったときに
ぼくが言ったひとことだ。


「いやあ
 もうレコード屋はこりごりですよ。
 もういい年ですし、
 借金まみれでレコードもほとんど売り払いましたし、
 物欲もなくなりました」


たぶん、
そのひとことが効いたんだ。


レコード屋の経験はそれなりにあって
でも物欲はない。
そんな好都合なやつなら
一日限りの店番に最適じゃないか?


……なんてことを
思いついたに違いないのだ。
そんなことを当時のぼくは思った。


それに
ぼくのほうだって異存があるはずもなかった。


ただ座ってレジ打ちをする程度の日雇い店員とは言え
レコード屋
それも大好きなレコード屋で働いて
多少なりとも報酬をいただける。
こんなありがたい話はない。


だってそうだろ。
ぼくはもうレコード屋で働く気はないんだから。


無職になってすぐのころ、
通算10年近くレコード屋で働いた職歴を過大評価して
余裕の体で
都内の大手CDショップや
いくつかの支店を持つ中古レコード店に出向いたものの、
年齢(30歳)を理由に
面接にすらたどりつけなかったときの苦い思いが
ぼくのなかには
まだじとっと残っていた。


働く気がないどころか
働けるはずもないんだから。


実際に
それがぼくが当時かかえていた本音であり現実だった。(つづく)


マイ・ライフ・アズ・ア・(シリー)・ドッグ その9