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なにかあり/とくになし

マイ・ライフ・アズ・ア・(シリー)・ドッグ その8

抜けるほどの青空だった。


“抜けるほど”というのは
上に抜けているのかね。
それとも底が抜けているのかね?


つまり
ぼくが今立っているこの場所は
この世の底なのかってことだ。


ぼくはひとりで立っていた。
それは大きな川沿いの道だった。


幌で覆われたトラックで
行先も告げられずに豚のように運ばれたとは言え、
ぼくにだって今目の前を流れる川が
隅田川だということぐらいはわかった。


トラックを降りて
ぼくたちは整列させられた。


現場の責任者は
覇気もなく並ぶぼくたちを一瞥すると
「おい、おまえ!」と
ぼくを指差した。


「おまえは、見張りだ」


集団のなかで
たぶん、
ぼくが一番老けて見えたか
役立たずに見えたのだろう。
この仕事における見張りの必要性は今ひとつよくわからないが
ただ立っているだけで
お金をもらえるのはありがたい。


そのまましばらく待っていると
スーツを着た男がやって来て
「じゃ、行きましょうか」という意味の目配せをして
一同は現場に向かった。


スーツの男は検察官かなにかで
彼が執行の書面を読み上げたら
それはもう捜査令状とおなじで
あとはもうなかでなにが起ころうが
粛々と家財が運び出される。


もちろん
汗をかきながら
実際に手を汚すのは
バイトたち。


彼ら(ぼくら)は
何もしゃべらないし
何も知らないし
何も見てないし
きっと
ここにもいなかったことになっている。


みんなが行ってしまうと
ぴりぴりとした緊張感が消え、
周囲の穏やかな生活音が
ぼくの耳に入り込んできた。


乳母車を押す奥さんたちの話し声、
橋をわたる車の
スピードは出ているはずなのに
何故かのどかな排気音、
鳥だか犬だかのさえずり。


草木の緑と川面の濃い青、空の薄い青。
ありのままが素直にまぶしくて
でもぼくのいる場所からはあまりに遠い気がして、
なんとなく泣けてくる。


だだっぴろい廊下に立たされた小学生のような気分で
しばらく
ぼくはただそれだけを眺めていた。


そのうち
団地の向こうから
水色のシャツを着た一団が戻ってくるのが見えた。


手ぶらだ。


「中止! 中止!」


先に戻ってきたひとが
ぼくに笑いながらこそっと教えてくれた。
さっきトラックのなかでちょっとだけ話したひとだ。
「だれもいないし
 家財も全部もう持ち出されてたんですよ。
 たぶんほかにも借金あったひとなんじゃない?」


ここは笑うところなんだろうか。


その日
向かったもう一軒も
似たような事情で執行は空振りに終わった。
仕事は昼過ぎに無為に終わり
ぼくたちはすこしだけ日当を得した。


ひどい仕事をあてがわれたが
その任務からははずされて
結局手を染めずに済んだ。


これが運なら
ぼくにもまだなにか残っていると
もうすこしだけ信じてみることにした。(つづく)


マイ・ライフ・アズ・ア・(シリー)・ドッグ その8