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なにかあり/とくになし

マイ・ライフ・アズ・ア・(シリー)・ドッグ その7

日雇い派遣の数ある仕事のなかで
港湾労働が
もっとも不人気であったことは前にも書いた。


しかし
それとは別の意味でもうひとつ
とてもとても人気のない仕事があった。


それは
ずばり“強制執行”。


強制執行とは
公団住宅に住んでいて
何らかの理由で家賃の支払いが滞った世帯主に対して行われる
一種の差し押さえのこと。


検察官がドアの前で書面を読み上げ
鍵が開けられた部屋から
換金出来そうな家財の一切を
指揮に従って運び出し撤収する。


そして
期限以内に払うべき家賃の補填が行われなければ
それらは競売にかけられ
どこか別のところへと流れてゆく。


そういう現実がこの世のどこかにあるのだということは知っていても
まさか自分がその当事者になると考えているひとは
それほど多くない。
しかも
差し押さえられる側ではなく
その作業を執行する側になることを
予想できたひともあまりいないだろう。


何故なら
日雇いに集うたいていの者たちは
強制執行を受けるひとたちと
それほど変わらない程度の生活を送っていたから。


その日、
どうしても週末までにいくばくかのお金が必要だったぼくは
強制執行だと知りつつ
その仕事を受けた。


ひどい話で
れっきとした国の仕事でありながら
実際に手を汚して作業をするのは
下請けの一般企業の名義になっていた。
どうせ何かの問題があれば
すぐに名義変更をして言い逃れできる程度の名前だろう。


待ち合わせ場所に集まったぼくたちは
無地で無個性な水色のTシャツを着せられ、
幌付きトラックのせまい荷台に乗せられ、
都内のどこかに連れていかれるところだった。


運ばれる前に受けた説明は
作業のおおまかな流れについてと、
もうひとつは
たとえどんなことが現場で起ころうとも
作業員はひとことも口を聞いてはいけないということ。


ごとごとと揺れる荷台で
前にもこの仕事の経験があるらしい男性が
ぼくに教えてくれた。


「前に行った現場では
 おじいさんとおばあさんがひいひい泣いてましたよ。
 そのスジのひとが日本刀を振り回して暴れた、
 なんて現場の話も聞いたことあります」


そんなひそひそ話すら御法度であるらしく、
ぼくと彼は
会社の人間にじろっとにらまれた。


要は
それほど肉体を酷使する労働ではないのだが
精神的なダメージがものすごく大きいというのが
この仕事が極端に不人気な理由なのだということが
この期に及んでようやくぼくにも飲み込めた。


公団住宅に住んでいて
家賃を払えなくなるという事情には
いろいろなものはあるだろうが、
そのひとたちから生活を奪う代わりに
最高の不幸を無言で届ける仕事、
それが強制執行だとも言えた。


そりゃあ
みんなの顔もうつろにくもるわけだ。


自分が居たいと思っていた場所から
つくづくものすごく遠くに来たなと
ぎゅっと拳をにぎりしめながら
ぼくは闇を見つめた。(つづく)


マイ・ライフ・アズ・ア・(シリー)・ドッグ その7