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なにかあり/とくになし

マイ・ライフ・アズ・ア・(シリー)・ドッグ その6

ポケモン人形焼き。


本来交わるはずのないものが
平気でまじわる。
それがこういうみやげものの世界だ。


大仏とまんじゅう。
名所とせんべい。
そして
人気者と人形焼き。


年末の帰省ラッシュを控えて
ポケモン人形焼きは
子どもや孫へのおみやげとして爆発的に売れているらしく、
この工場では
昼夜三交替の24時間フル稼働体制が敷かれていた。


ぼくが配属されたのは
その昼の部だった。
近くにいた若者はこの仕事の経験があるらしく、
「夜のほうが時給がよかったんだけどなあ」と
だれかにつぶやいていた。


さて仕事というのは
別に人形焼きを焼くことではない。


金型で焼きだされ
ころころとコンベアが転がってくるポケモンたちから
かたちのわるいものを選別したり
バリ(型からはみだした部分)をとったりして
容器に詰めていくというもの。


だれでも出来る作業なのだが
とにかく猫の手も借りたいほど
フリーターの手も借りたいほど
ごくつぶしの手も借りたいほど
注文がひっきりなしに来ていたということなのだろう。


指図されるままにラインに立ち
手袋をはめて
ぼくも急ごしらえで
ポケモン選別の責任者となった。


よく見ていると
ポケモンと言っても
実際に流れてくるのは
ぼくでも知っているあのピカチュウだけ。


ほかのポケモンの人気がどれほどあるのか知らないが
とりあえずピカチュウでやっておけば間違いはないという経営判断か。
実際
まるっこいピカチュウの造形は
人形焼きにとても向いていた。


最初のうちは
これはなかなかラクな仕事に当たったわいと
さくさくと選別を進めた。
日本の製菓技術の高さは素晴らしいもので
型くずれして売り物にならないようなものは
ほとんどなかった。


しかし
延々続く単純作業ならではの徒労感と退屈、
それに加えて
意外とこたえはじめたのが
手首の疲労だ。


ひとつひとつは軽くても
手首をずっと同じようにスナップさせていると
腱がやられてくるらしい。
見渡すと
バイト仲間も手首をほぐすように結構動かしている。


なお、
選別にひっかかった人形焼きは
脇に用意された袋に廃棄されるよう言い渡されていたが
ぼくも含めて
結構な人数がひょいぱくと
隙を見て口にしていたと思う。


ピカチュウ、ひとくちで食ってやる。
その食い方、
まるで「進撃の巨人」の先駆けみたいな。


この仕事
確か2、3日ほどやった記憶がある。
ネタとしても受けがよいので
調子に乗っていろんなひとにも話をした。


そのせいで
去年だったか
ひさしぶりに会った知り合いに
「松永くんと言えばポケモン人形焼きだよね」などと言われて
思わず顔が赤くなったこともあった。


ピカチュウ以外のポケモン
あらためてぼくが知るようになったのは、
この仕事をしてからすこしあと。
ポケモン言えるかな?」を
ピチカート・ファイヴの素晴らしいカヴァーを
「さ・え・らジャポン」で聴いてからのことだった。


それまでしばらくは
ポケモンのことは
やっぱりちょっとトラウマになっていたみたいだ。(つづく)


マイ・ライフ・アズ・ア・(シリー)・ドッグ その6