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なにかあり/とくになし

逆に

朝起きたら
テレビで東京マラソンをやっていた。


朝飯を食べながら
先頭を走るランナーたちを見ていたら、
ある解説者が言った。


「逆に、●●選手の作戦は……」


すると
そこからなぜか
堰を切ったかのように
アナウンサーも解説者も
「逆に」「逆に」のオンパレード。


「逆に、この5キロのペースは……」
「逆に、選手の実績から言えば……」
「逆に、わたしの意見では……」


あーもう、
逆の逆の逆の逆の逆の逆はどっちなの?


偶然かもしれないが
注意して見ていたら
わずかな間に5回も6回も「逆に」が出た。


あのままずっと見ていたら
きっともっと「逆に」が連発されたことだろう。


たいして中身のない意見に
ただ反論のための反論みたいな
しょうもない意味を持たせようとして「逆に」をつけるの、
やめてくんないかな、と
自戒もこめて思う。


「逆に」を言うときは
それなりの覚悟で
本当のことを言いなよ。


「あ! だれか逆に向かって走ってます!」とかでもいいから。


家を出て渋谷に向かう。


明治通りの歩道から
香ばしい匂いが漂ってきたと思ったら
前方に
髪が腰より下まで超ロン毛の
もう何年もお風呂に入っていないような男性が歩いていた。


あれほど髪が伸びるには
1年とか2年ではとうてい足りないはずだ。


服は破れほうだいで
ほぼむき出しになったズボンのうしろからは
股間のいちもつも見え隠れ。
髪の毛は天然のドレッドになってしまっている。


何やら紙束が詰まったリュックを背負い
白い杖のようなものを持ったそのひとは
見た目は怪異というしかないが
足取りは確かで、
ときどきしゃがみこんで
白い杖を自動販売機の下に差し込んだりしている。


ああやって小銭を拾い集めながら
ずんずんと前に進んでいるのだとわかった。


ものすごくせつなくて希望のない光景ではあるし、
不謹慎で勘違いな妄想であることは承知しつつも、
ぼくたちがうしないつつある
得体のしれないたくましさみたいなものを
そのひとに感じてしまったのも事実だった。


いったい
彼はどこから歩いてきて
これからどこまで行くのだろうか。
ゴールはあるのか。


意外なほどのスピードで
彼は原宿方面に
歩き去って行った。


本当を言うと、
ぼくには
テレビのなかでつくられた東京を走るマラソンより、
こっちのほうが
もっとずっと
ぼくたちが本当に生きている街で行われる
東京マラソンの名前に似つかわしいようにも思えたのだ、逆に。