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なにかあり/とくになし

世界が終わるはずだった夜

そのよっぱらいは
美男子だった。


これまでも
英語でくだをまくよっぱらいやホームレスは
幾度となく目にしてきたが、
小さなイタリアン・レストランの一画を占拠して
わめきちらかすというか
大きな声でひとりごとをしゃべりつづける美男子というのは
はじめてだ。


ぼくたちが店に入ったとき
店員となにか揉めてるように思ったが、
要は
自分の携帯を充電させろという話だった。


店員も根負けして
カウンターの奥での充電を認め
彼から携帯を受け取っていた。


彼の注文は
グラスワイン。赤。
それも
氷が入ってるやつ。


ぼくらが見ていた数分だけで
みるみるうちにグラスを何杯も空けていく。
そりゃそうだ。
おかわりするなり
くくっとひと飲み。
一瞬で飲み干してしまうんだから
これでからだにいいわきゃないね、
でも
わかっちゃいるけどやめられない、みたいだ。


以下
彼の巻いた”くだ”を
聴き取り可能な範囲で記す。
そのなかには
ぼくたちや
あとから来て彼の隣の席に座った
若いカップルに向けたセリフも入っている。


「ワインをくれ。
 ワインをもっとくれ。ただし、氷が入ってなくちゃだめだ。
 必ず氷をいれてくれ。かんぱい。あんたたち日本人かい? カンパーイ(日本語で)。
 心配しなくても金はあるよ。まき散らすほどあるんだ。
 この店の隣の教会で暮らしてるんだから。金はある。
 ワインちょうだい。氷は絶対入れてくれ。
 ああ、暑い(上半身裸になる)。
 おれは彼を愛してた(オカマさんだったの?)。愛してたのよ!
 だけどダメだった。あいつはわたしを愛してくれなかったわ。
 (カップル登場)
 おねえさん、あんたきれいね(「努力してるの」と返事)。
 努力なんてする必要ないわ。じゅうぶんそのままできれい。
 ワインちょうだい。お金はちゃんと払うから。教会から持ってきた金があるから……」


みたいな調子で
ウソかホントかわからないことを言い続けること数十分。
ふと立ち上がって
ポケットから札を何枚かカウンターに渡すと
彼はふらふらと表に出て行った。


店内に
なんとも言えない安堵の空気が漂う。


そのとき
カウンターの奥から
「あいつ携帯忘れてるぞ」とのご注進。


「ぼくが行ってくるよ」と駆け出したのは
さっきのカップルの男性のほう。
たたたっと駆け出して
千鳥足で歩くオカマのよっぱらいを追いかけた。


すこしして
帰ってきた男性は苦笑いしながら言った。


「まだ充電済んでないから
 引き続きやっといてってさ(笑)」


「オーノー!」と嘆きながら
みんな笑った。


世界が破滅するはずの夜だった。


そして
さっきから考え続けていたことが
ようやく解けた。
あのよっぱらい
だれに似てるのか?


山咲トオル