mrbq

なにかあり/とくになし

その25ドルのチケットは世界で一番安い その7

もちろん
ジョン・ブライオン
アンコールにもさっさと答える。


ただ隠れたり
着替えたりするためだけのインターバルなんて
彼にはもったいないんだろう。


音楽で
あっと言わせたいことが
まだまだ山ほどあるんだから。


当然のように
リクエスト・アワーを期待する観客から
次々に曲名が投げかけられる。


しばらく思案顔をしていたジョンは
舞台袖に声をかけ
ゲストのピアニストとベーシストをもう一度呼び出した。


ピアニストが
ガーシュイン
 アーヴィン・バーリンの曲でやろう」と
ジョンに声をかけた。


それを聞いたオーディエンス、
リクエストもそっちにシフトする。


「ブルー・スカイズ!」
「プッティン・オン・ザ・リッツ!」
サマータイム!」
「アイ・ガット・リズム!」


あらまあ
音楽IQの高いお客さんたちだこと。


いや、
そうでもないか。
かまわず自分の好きな曲を叫んでるやつもいる。


「ミッドナイト・アット・ジ・オエイシス!」の雄叫びも、もう一回。


そのうち
だれかが大声で叫んだ曲名が
ジョンの気を惹いたらしい。


「ふーむ。
 あの曲、アーヴィン・バーリンだったっけ?」


ひとりごとを言いながら
ジョンはヴィブラフォンのほうへ。
そして
叩き始める前に
「とりあえず、ついてきて」と
ふたりに声をかけた。


そして
ヴィブラフォンをイントロに歌いだしたのは
なんとエルヴィス・コステロの「アリスン」!


そういうオチかよ!
朗らかな笑いに場内は包まれるが、
でもすぐに
音楽に耳を澄ます。


この音楽を
見失いたくないのだ。


「アリスン」が終わり、
まったく困ったやつだよとでも言っているような顔をしながら
ふたりのゲストが退場すると、
ジョンはピアノに腰掛け、
ふたたびスクリーンをいじくりはじめた。


今度映し出されたのは
左側のスクリーンには
テルミンを演奏する紳士、
右側のスクリーンには
ギターを弾く
年老いた黒人ブルースマンの白黒映像。


またしても魔術的に
映像と音が奇妙にシンクロしはじめたころ
彼が歌いだしたのは
ゼイ・キャント・テイク・ザット・アウェイ・フロム・ミー」だった。


その曲こそが
ジョージ&アイラ・ガーシュイン


やりすぎなくらい
やってくれるぜ。


すべてのショーが終わったのは
夜1時近く。
なんと3時間以上もやっていたのだ。


ラルゴのマネージャーを見かけたので
「明日のチケットはどうなってる?」と訊いたら、
「明日か? ジャスト・カム! 普通に来ればいいよ!」との答え。


安心した。


ホテルに戻って、
“何とか・テンチ”という名前だと
最後にようやく聞き取れたピアニストのことを調べてみた。


ガーシュインかアーヴィン・バーリンをやりたいと言った
あの粋なおじさんのこと。


うーむ。
どうやら
あのピアニスト、
トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズの結成以来のメンバー、
ベンモント・テンチだったみたいだ。


縁は異なもの、とはよく言うものだけど。


不思議な興奮と知恵熱のせいで
その日はなかなか寝付けなかった。
ぼくにはとても珍しいことだ。


もちろん翌日も
9時半前に
いそいそと出かけた。


偶然にも
この日も知り合いが来られないと嘆くお客がひとりいて、
マネージャーの采配で
そのチケットがぼくの手に。


「彼に25ドル払って。
 感謝しろよ、だいぶ早いクリスマス・プレゼントだ」


おかしな冗談を言うもんだと思って
指定された席番号まで行ったら、
なんと最前列のど真ん中だった!
ちびりそう……。


……さて。


二日目のこともいろいろ細かく書きたいけど
それはひとまずよしておく。


予定よりも長く連載を引っ張ってしまったし、
これを読んでくれたかたが
すこしでも
「あ"ー、ジョン・ブライオン見て〜」って気分になったとしたら、
あとはその目と耳と五感のすべてで
体験してもらうほうがいいに決まってるのだ。


これ以上の種明かしは
野暮ってことで。


ちなみに
二日目のスクリーンは
トスカニーニソニー・ロリンズ
フィルムを逆回転(!)にした
ミルス・ブラザーズの歌う
アイ・エイント・ガット・ノーバディ」(まさにこのフィルム!)。


その組み合わせで作ったトラックで
歌ったのは
ボブ・ディラン
「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ・ベイビー・ブルー」。


これ以上をどうしても知りたいってかたは
ぼくに訊くか
直接ロスまで行っちゃってください。


なんていうか
ジョン・ブライオンを見たあとは
いつも頭がクラクラする。


あれほどパーソナルで
あれほどクレイジー
あれほどエンターティンメントで
あれほどチャーミングで
あれほど愛が深すぎて。


ジョン・ブライオンが現役であるあいだは
ぼくは
手を抜けない。


そんな気分になる。


サディスティックに脳がしびれて
マゾヒスティックに笑いたくなる。


真似ではなくても
そういうことを
ぼくもしたいと思う。


それともうひとつ。


ひょっとしたら
ジョン・ブライオン
ラルゴでひとしれずやっていることを
映画音楽家/プロデューサーとして成功した大物が
自分のエゴを満たすための
お大尽なお遊びと見る向きもあるのかもしれない。


しかし
ぼくはそれは違うと思う。


彼が野心をもって制作したソロ・アルバム「ミーニングレス」は
当初アトランティック傘下のレーベルからリリースされることになっていたが
紆余曲折あって
結局、2001年になって自主制作盤として発売され、
限定的な流通にとどまった。


そのことに対する
復讐心を
ささやかながら
いまだに彼は忘れていないと思うんだ。


功なり名をなしとげた彼は
今なら思うように
自分のアルバムをつくることは可能だろう(制作中とのうわさもずっとあるが)。
もっと言えば
これほど完成度の高いショーを
ハリウッドの一画の
200人も入ればいっぱいになってしまうラルゴでのみ続けているのは
もったいなさすぎる。


でも
このラルゴに居続けることこそが
彼の本心ではないのかな。


世界で一番おもしろいことをしでかして
そこに足を運ばせる。
そうしないと聴けないし見られない。
しかも
同じ内容のショーは一回たりとも繰り返さない。


それが
自分を一度拒絶した音楽界への
最高の復讐だと思っているんじゃないのかな。


すくなくとも
ただおもしろいだけのショーだったり
ただ物知りなだけの音楽だったら
ぼくは何度も足を運んでいない。


10月頭には
珍しく
ジョン・ブライオンはニューヨークでも
二晩のショーを行うという。


はたして
あのバイキング兜のピアノが目印の秘密基地も
ニューヨークまで移送するのかな?
スクリーンも当然やるのかな?


やるんだろうねえ。
だってそれが
ジョン・ブライオンだからねえ。


その25ドルのチケットは世界で一番安い。
おわり。






ツイッターはじめてます。