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なにかあり/とくになし

デドリック家の魂

去年の秋、
フリー・デザインの全アルバム・リイシューの仕事で
デドリック姉妹の次女エレンにインタビューした。


2時間ほどの取材だったが
クリス・デドリックが亡くなって
まだ半年も経たない時期だったにもかかわらず、
彼女はとてもフレンドリーにいろいろなエピソードを語ってくれた。


また
メールのやりとりもいとわないひとだったので
その後の追加質問や
彼女からの修正や追加情報などもいただき、
その結果は
ウルトラ・ヴァイブから出た7枚のCDに振り分けして掲載された。


最後のアルバム
「ゼア・イズ・ア・ソング」でのインタビューで
エレンは
デドリック兄弟(6人兄妹)の末っ子ジェイソンが
今、初めてのソロ・アルバムを作っているのよと言っていた。


ジェイソン・デドリックは
1960年生まれのはずで現在51歳。
フリー・デザインのファースト・アルバム「カイツ・アー・ファン」に収録の
マイ・ブラザー・ウッディ」は
当時ほんの子どもだったジェイソンに捧げられた曲だった。
“ウッディ”は彼のニックネーム。


末妹のステファニーまでは
フリー・デザインの最末期と再結成時(1999年)に
メンバーとして加わっているが、
一番下のジェイソンは音楽とは直接関係のない分野に進み、
デドリック一家でただひとりだけ
フリー・デザインに参加しなかった。


そのジェイソンが今、
自分の歌をうたいはじめているのだという。
プロのミュージシャン経験がない彼のために
エレンがいろいろ手を貸しているのだと語っていたその作品、
出るとしてもずっと未来の話で
「出来たらいいね」的な夢のお話かとすら思っていた。


それが
つい先日
エレンからの郵便で
我が家に届いた。


アーティスト名は
マクキンストリー(McKinstry)。
アルバム・タイトルは「アドヴェンチャー」。


おそるおそるプレイヤーにセットして
曲がはじまるまでの数秒を待つ。


どきどき……。


一曲目の「アドヴェンチャー」は
ジェイソンと幼い少女のデュエットで幕を開ける。
ジェイソンのヴォーカルは
線が細いうえに
すこしフラット気味で
いかにもアマチュアな匂いがするものだが
その素直で繊細な声質には
あきらかに故・クリス・デドリックのDNAがある。


おどろくべきことに
その少女は
ジェイソンの娘カイラ・デドリックのものだ。


アルバムが進むと
エレンが予想以上にソロ・ヴォーカルを取っているし、
彼女の息子ジェフ・デドリックも
ギターやベースで参加していることが確認出来た。


緻密の極致を尽くしたフリー・デザインのアルバムと比べれば
未完成でひ弱なところが多い作品かもしれない。
全7曲に加え、アルバム以前に制作されていたボーナス2曲という構成は
ちょっと不完全でもある。
内容も
ソフトロックというよりは
現代的なシンガー・ソングライターというか
穏やかなヴォーカル作品だ。


しかし
フリー・デザインの
言葉本来の意味での末裔を
こうして聴くことが出来るのだという事実に
ぼくはふるえる。


ここには
音楽一家デドリック一族を、
フリー・デザインを継ぐ者たちの第一歩が記録されているのだ。


クリス・デドリックが亡くなり
フリー・デザインの名を担うべき者が
この世から姿を消してしまったと思えたさびしい跡地に
デドリック家の魂がひっそりと芽吹いた。


ジェイソン・デドリックの歌声は
すこしおぼつかないところもある。
デビューも遅い。
それでも、
その芽は意外と力強いと思う。


どこかのことわざみたいだが、
デドリック一家の魂百まで。
マジでそう思った。
感動した。