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なにかあり/とくになし

プライベート・スタジオ作曲術

黒田隆憲さんの「プライベート・スタジオ作曲術」(P-Vine BOOKS)を
隅から隅まで読み終えた……わけでは、まだない。


この魅力的な一冊の情報量は膨大で
とても簡単にカヴァーしきれるものじゃなくって。


黒田さんは
自宅スタジオで
自分なりの理想の環境を追求している音楽家たちから
制作に向かう心境や実作業を
根掘り葉掘り聞き出しているのだが、
困ったことに
それだけでもすでに濃厚なのに
この本は写真もとても充実している。


だから
目もおよぐ。


このツマミを
このギターを
このマイクを
このひとたちはどう使うのだろうか?


とは言え、
楽器の演奏をしないぼくには
固有名詞や画としてそれが何なのかは特定出来ても
実感としては飲み込みにくい部分も少なくない。


しかし
本書はそこからがおもしろい。


一度およいだ視線が
文字に戻ってくると
彼らがしゃべっている話は
音楽を仕事にして生きるうえでの実感や経験についての
とても興味深いエピソードに及んでいたりする。


そこから
もう一度
視線を写真に動かしてみる。
すると
最初は無機質に思えた機材の群れが、
嬉々としながら
あるいは
頭を抱えながら
音楽をひねりだそうとする音楽家たちの姿と重なり合って
とても人間臭いものに見えてくるから不思議だ。


マニアックな機材の話や難しい設定の話も
いつの間にか
すっと飲み込める気分になってくる。


ハードなスタジオ技術分析の本にはない
適度な脱線と
読者の視線に対する遊び心がうれしい。


かつてコークベリーというバンドで
ミュージシャンとしてデビューし
音楽界の変化(良い意味でも悪い意味でも)を経験してきた黒田さんは
楽家とリスナー両方のかゆいところを
絶妙なテーマ設定でかいてみせたのだと思う。


また、
黒田さんがインタビューの前に書き下ろしているリード(前書き)のいくつかには
率直な憧れや挫折感も書き出されていて
そのことが
本書の「プライベート」感に
ぼく好みの厚みを加えてもいる。


プライベートなスタジオで音楽がつくられる。
ぼくたちのような物を書く人間だって
プライベートな環境で
プライベートな心境で文章をしぼりだしている。
何かをつくろうとすることにおいて
その作業には
本質的にあまり違いはないことはわかる。
問題は畑違いの場所にいるひとたちにも
その極意をうまく伝えられるかどうかだ。


そういう意味で
ぼくはこの本を
音楽界の最新トレンドを書いたものというより、
ものをつくる人間の
変わらない欲望を
現代的な感覚を添えて探った本だと言いたい。


「プライベート・スタジオ作曲術」は
「プライベート・スタジオ作文術」としても、
すごく意味のある読み物だ。


黒田さん
今度ゆっくり飲みましょう(私信)。