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なにかあり/とくになし

現実が妄想とデュエットした夜

11日の夜はまだ続く。


日付を越えて12日に入ったころ、
フェアファックス通りにある
ジュイッシュ・デリ「カンタース(Canter's)」にしけこむ。


1931年から営業している
ストリクトリー・オールドスタイルの
24時間営業デリ&ダイナー。


なんとその「カンタース」のほぼ正面に
初日にふられた「ラルゴ」があった。


ぼくの旅は
最後に最初に戻る傾向がある。


「カンタース」でのオーダーは
カピカピにトーストされたベーグルと
レモネード。


そして初日と同様タクシーに乗り帰途に着く。


ドライバーはやせた黒人のおっちゃん。
小さな音量で流れているのは
アイズレー・ブラザースの「ビトゥイーン・ザ・シーツ」。


「おっちゃん、いい趣味してますね。
 これはラジオ?」


「Yeah。おれはオールドなソウルが好きなんだ」


そう言って、
おっちゃんはヴォリュームを少しだけ上げた。


しばらくしたら、
誰の歌だろう?
ミッドテンポのR&Bバラードにあわせて
おっちゃんが歌い始めた。


音痴の黒人という存在に
初めて出会ったかもしれない。


続けて流れてきたのは
チャイ・ライツの「オー・ガール」。
少しだけ酔いが残っていたこともあって、
ぼくも小声で歌ってみた。


おっちゃんも歌っている。


そして、
おっちゃんがぼくの声に気がついた。


音痴の黒人と東洋人のデュエットだ。
ユージン・レコード(チャイ・ライツのヴォーカル)もあわせて
聴いたこともないハーモニーだ。


ぼくが突っ込めば
おっちゃんが合いの手を入れる(小声で)。
おっちゃんがうなれば
ぼくがハーモニーをつける(あくまで小声で)。


不意におっちゃんはヴォリュームを大幅アップ。
今、このタクシーは爆音を鳴らしながら
夜のLAを走っていた。
恥ずかしさも疲れも
心地よく闇の中に溶け込んでいった。


まさしくそれは
現実が妄想とデュエットした夜だった。