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なにかあり/とくになし

さとうあいこについて

もう十何年も前の話なので
いくぶん記憶があやふやなのだが、
バイト先の友人に
「知り合いが雑誌編集者で
 さとうあいこに取材したんだよね。
 きついひとだったらしいよ」
というような話を聞いた記憶がある。


記憶というのはいいかげんなもので
ひょっとしたら“きついひと”ではなく
“いいひと”と言ったかもしれないのだが、
どちらだったかよく思い出せない。


覚えているのは
そのあとの会話。


ぼく「へえ、取材できるなんてすごいね」
彼 「そうかね?」
ぼく「だって、もういいお歳でしょ?」
彼 「いや、まだそんなでもないはずだよ。
   国民的美少女コンテスト出身なんだし……」


そこでわかった。
ぼくが話していたのは作家の“佐藤愛子”。
彼が話していたのはタレントの“佐藤藍子”。
すごい一致とすごいズレが一緒に来たと
ふたりして笑った。


そして、佐藤愛子なのだとしたら、
その気性は一筋縄ではいかないはずだ。


今日、たまたま、
ぼくは佐藤愛子の本を手に取って、
そのときのやりとりを思い出した。


佐藤愛子の兄・サトウハチロー
父・佐藤紅禄を軸に
揃いも揃って底抜けに破滅型の一族を
彼女が描ききった
大長篇小説「血脈」。


2001年に発表されたその本篇はまだ読んでいないのに、
その大著完成を祝って刊行された周辺雑記集
「佐藤家の人びと」の文庫版(文春文庫)を
先に買って読んでしまった。


電車や風呂でさくさくと読むのにちょうどよいサイズ。
実際、今週はそれぐらいしか時間がない。


それなのに
おもしろすぎて長風呂してしまった。


その一例として
佐藤愛子の父・紅禄の話を紹介したい。


紅禄が子供のころ
空を飛ぶトンビをどうしても捕まえたいと思い、
突発的に取った行動とは?


それはお尻の穴にたくあんを一本指して
頭を下にして尻を宙空に向け
何時間も待つという壮絶なものだったという。


その絵面を想像しただけで笑ってしまい、
電車の中でうしろを向くしかなかった。


さらにこの話、
頭に血が上ってしまい
あきらめて投げ捨てたたくあんを
まだよちよちの赤ん坊だった妹が
おいしそうにかじりついたというオチもつく。


この話、
佐藤家のハイライトでも何でもない。
天国と地獄の
ほんの入口のところなのだった。