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なにかあり/とくになし

2008年12月のジョナサン・リッチマン

幸運にも、
と言うべきなんだろう。


2005、
2006、
2007年と
ジョナサン・リッチマンのライヴを見ている。


05年はアメリカの北の町で
酔っぱらいたちに囲まれて。
前座はヴィック・チェスナットというご褒美で。


06年はロンドンの古い教会で。


07年は夏の苗場で
苗場食堂、
フィールド・オブ・ヘヴン、
クリスタル・パレスの3会場で、
どんなシチュエーションでも
全然変わらないジョナサンを。


そして今年も
ジョナサンに恵まれた。


場所は西海岸のピザハウス。


“ヴェリー・アーリー・ショー”と
わざわざ銘打たれたライヴは
7時半にぼくが着いたときに
ちょうど始まったばかり。


アメリカでは
7時半にライヴをやるなんて、
前座のバンドでもなかなかありえない。


相棒のドラマー、トミー・ラーキンスとのコンビは
相も変わらず。


12年目を迎えたこのツーマン・バンドで
何が変わる必要があるのさと
道中を楽しんでいる。


真夜中のカーボーイ
ブルース・ブラザーズ
サイドウェイ
いろいろあるけど、
ぼくの好みのロード・ムーヴィーは
男の二人連れが基本だ。


日本でジョナサンのCDが出なくなってから久しい。


その間に
アメリカでのライヴのハイライト・ナンバーは
「マイ・ベイビー・ラヴズ・ラヴズ・ラヴズ・ミー」になっていた。


04年に出たアルバム
「ノット・ソー・マッチ・トゥ・ビー・ラヴド・アズ・トゥ・ラヴ」収録。


神様よりも大切な愛する人
“神様”が重たいアメリカだからこそ
ジョナサンの歌う掛け値の無いラヴソングは
ゴスペルよりも鋭く魂を刺す。


「主治医からアンコールの後は
 喉のためにしゃべるんじゃないよ、と
 言われているんだ。
 パントマイムならOKなんだけどね」


そう言って一時間ほどの
完全無欠なショータイムを終えたジョナサンは
ぼくと話すときも
本当に身振り手振りだけに徹した。


ささやくような声で
シーユーアゲン。


久しぶりに聴いた
「ヒア・カム・ザ・マーシャン・マーシャンズ」の余韻と一緒に
ふらふらと店を出て
まだ早い夜をモーテルに急いだ。


2009年も
ジョナサン・リッチマンにどこかで会えたらいいなと願う。