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なにかあり/とくになし

マタタビの世界

成田に着くと
うどんを食べる。
それがかれこれもう5年以上続く儀式。


前にもそのことは書いた


つるっとたいらげると、
続いて売店に立ち寄り、
週刊漫画を買い込み、
家まで向かう。


今日は木曜なので
「モーニング」と
火曜日に出ていた「イブニング」。


「イブニング」で始まった
小林まことの新連載
「関の弥太っぺ」には、
心を正面からつかまれている。


原作は昭和の劇作家、長谷川伸
新派の舞台や
演歌歌手の舞台などで
よくかかっている江戸時代の人情劇だが、
その客層と「イブニング」の読者は
100%かぶらないだろう。


たとえば山田芳裕の「へうげもの」は
時代劇の設定を借りているものの
良い意味で完全な山田氏の新作だ。


ところが、
小林まことの「関の弥太っぺ」は
いっさい新しくないところが、いい。
キャラもいつかどこかの小林氏の名作で見たことがある顔。


新しくない、というより
自分がない、と言うべきか。


このストーリーには
小林まことという“わたくし”がない。
いやもちろん、お話への共感なしでは
情感あふれる筆致は成り立たないだろうし、
絵柄やテンポは小林氏のものになっている。


だけど、
ほかの原作付き漫画とは明らかに違う種類の、
“わたくし”の放棄があるように感じるのだ。


自分が、自分が、とうるさくない。
ほっといてくれる。
しかし、大きく泣かせてくれる。


いつまで続くのかわからないが
原作に忠実な匂いがするだけにストーリーもぶれないだろうし、
これはきっと名作になる。


もし長篇になったら、
10年後にふらりと入った夜中の漫画喫茶で
まとめ読みして泣かせてもらいたい。


しかし股旅ものとはね。
80年代に猫漫画で一世を風靡した小林氏にとっては
思わぬところで、
マタタビつながりでもある。


ちなみに
猫の好物のマタタビ
“木天蓼”と書く。


成田エクスプレス
西に進む。


うちの猫は
元気かいな。