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なにかあり/とくになし

言い切れなくて

超満員のO-West


アルバム「カン・クラッダーズ」から
「オールド・スプリング・タウン」を
アルバムに入っていた女性コーラス無しで
ハイラマズが演奏したその瞬間、
「ああ、そうだった、こういうバンドだった」と
10年前の記憶がプレイバックした。


低くくぐもっていて
ちょっと大雑把で、
しかしやさしい男子3声ハーモニーは
記憶の鍵穴にぴったりとおさまったのだ。


緻密で繊細、と
昨日ハイラマズについて書いた表現も
必ずしも正しくなかったということも
再確認した。


彼らがつくりだす楽園は
100%リアルにつくりこまれたCGのそれではなく、
手作業で工夫して
足りない部分もいろいろあって
人間的な感情という川の流れている箱庭なのだ。


そして彼らは
というかショーン・オヘイガンは
その美しい箱庭で暮らすフィギュアに
自分がなってしまってはいけないことを知っている。


美しいものをつくって
美しいでしょと言って
すべてを完結させてしまわない。


いつもどこかが未完成で、
言い切れなさがちゃんとある。


ハイラマズは
今日も
言いたいことのすべてを
伝えきれなかった。


だからこそ素敵なのだと思う。


ライヴの終盤で
バンドが延々と繰り返すメロディを感じながら、
この時間が永遠に終わらないでくれと念じた。


願い、では不十分。
それは祈りであり
絶望的なほどの希望だ。


このブログを書いている今日(21日)、
ハイラマズは町田の簗田寺で
今回のジャパン・ツアーをしめくくろうとしている。


春の暖かさが出て来た日和に見るハイラマズなんて
死ぬほどうらやましい。


残念ながら
ぼくはそこに行くことは出来ない。


そのかわりに、
「カン・クラッダーズ」を聴いて
頭の中を少しだけ青くするんだ。