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なにかあり/とくになし

トム・レーラーのこと

昨日のつづき。


「ソングライターズ・オン・ソングライティング」で
もっとも印象的なのは
トム・レーラーという
日本ではまったく無名なアーティストに割かれた一章。


長い鍵盤に向かう
やせた悪魔のうしろ姿を描いたアルバム
「ソングス・バイ・トム・レーラー」のことを話題にするひとは
日本ではともかく
アメリカでも多いとは言えない。


ランディ・ニューマンがのちに作る音楽を
20年ほど先駆けて
ピアノの弾き語りで歌っていたレーラーの世界は
ひとことで言えば、風刺コミックソング
それもどぎつい風刺だった。


年配のアメリカ人が思い出す彼の代表曲のタイトルは
「公園で鳩に毒をやる」。


97年にライノ・レコードからベスト盤がCDで出たとき
「レコードコレクターズ」誌で安田謙一さんが紹介していた。


ボストンの名門ハーヴァード大で
学究の徒として職を得ていたレーラーは
音楽を一生の仕事はまったく考えていなかったが、
彼が自主制作でリリースしたアルバム、
すなわち「ソングス・バイ・トム・レーラー」が
ラジオや音楽関係者の耳にとまり、
じわじわと“時の人”になっていった。


微妙に正体を隠しながらの音楽活動は
ラジオやテレビを中心に
60年代の初めまで続き、
ある時点を境に
レーラーは音楽家であることをきっぱりと辞めた。


著者のポール・ゾロは
こどものころにテレビやラジオで聴いた
あのおかしな歌手のことが忘れられず、
ピート・シーガーに相談をしたところ、
「是非会いに行け」とアドバイスされて取材が実現した。


この本の中では
筆者の思い入れという意味でも
偉大な作曲家たちに迫るという
コンセプトからの脱線という意味でも
存在が際立っている。


レーラーがここで何を語っているのかが重要なのではなく
本の中にそういう場所が存在するということが
ぼくは好きなんだ。


明日は髪を切りに行こう。