mrbq

なにかあり/とくになし

前園直樹グループを見た

前園直樹グループの雑誌「うたとことば。」は
現在第4号まで出ているが、
その執筆者たちに当初与えられたお題は


「前園直樹グループを見た」
「前園直樹グループをまだ見ていない」


そのどちらかで書くように、というものだった。


第3号で依頼をいただいたとき
ぼくは音源を一曲聴いただけで
まだライヴを見たことがなかった。
そのただ一曲の音源が「黒い花びら」だったので、
それをお題にするしかなかった。


この5月1日に
「うたとことば。」の4号が発売された。
新宿タワーレコードでは
CD付きの限定仕様が購入出来るということで
5月2日に買いに行った。


女性執筆者特集号ということで
鼻息もあらく読み切って
その感想を述べる気まんまんだったのだが、
その夜遅くに聞いた訃報で
一時その気をうしなってしまった。


どうにも出来ないタイミングだった。


そして5月6日。
「うたとことば。」第4号発売記念ということで
新宿タワーレコード7Fで行われた
前園直樹グループのインストア・ライヴにやって来た。


日本人のために日本語で書かれた
古い歌謡曲やポップスを
あらためて採り上げるというコンセプトや、
うたとギター、ピアノ、ベース、という編成で
ピアノを弾くのは小西康陽さんであるということを人づてに聞いたとき
古くて粋なジャズソング風か、
フォーキーなジャズ風にやりたいのかなと
思っていた。


だが、
それはぼくの偏見だったと謝りたい。


前園直樹グループは
とても正直で伝統的なソウル・グループだった。


ローラ・ニーロ
71年のアルバム「ゴナ・テイク・ア・ミラクル」で
大好きなアメリカの名曲を歌い、
それがたまたま黒人音楽ばかりであったように、
彼らも大好きな曲を歌い、
それがたまたま日本の知られざる名曲だった。
そう受け取りたい。


ダンスもないし、
歌の才能も
楽器の技術も天賦じゃないかもしれない。


でも、
その不完全さを見せるという意味の
誠実なソウルの表現はあっていい。


それは
黒人音楽の真似をして
“ソウルフル”と呼ばれる歌い方で
日本語も英語もないまぜになっていることに何の疑問もなく
ただなりゆきで歌い上げること、
とはまったく違う。


リズム&ブルース、
いや、
日本人のリズムと誠実すぎるがゆえのブルース。


それともそれは
今では差別的だとして使われなくなってしまった
黒人や限られた人種のための音楽を指す言葉としての
日本人のために日本語で作られた
レイス(race)・ミュージック。


前園直樹グループの音楽が
今の時代にぎりぎり間に合っているのか、
それともとっくに手遅れなのか、
それはぼくが決めることじゃない。


ちょっと元気ない手拍子でも
客席の協力が必要だと
前園直樹グループがあおるのは、
その手の音がもっと遠くに音楽を届けると
信じているからだと
ぼくは勝手に解釈した。


それからもうひとつ思ったこと。
前園直樹グループに
「インストア・ライヴ」という言葉は似合わない。
3人の音楽を聴きながら思いついた言葉は、
「フリー・コンサート」
だった。


遠慮なく降る雨の中、
余韻をぼたぼたと落っことさないように
気をつけて帰った。