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なにかあり/とくになし

まだぼくにはこうの史代がたくさん残されている

こうの史代の「街角花だより」(双葉社)は
単行本として出たのは2007年だが、
収録作品は古い。


なにしろ
「街角花だより」は
彼女のデビュー作(1997年)なのだ。


こないだ
大関監督、カクバリズムM哉氏(3人で“下北まんが道”)で
夜中に飲んだとき
こうの史代
 まだ『この世界の片隅で』しか読んでいないなんて
 そんなしあわせなことはない」
と口を揃えて言われたことを思い出す。


つまりそれは、
彼らはすべてを読み尽くしてしまって
新作を渇望している状態なのに
おまえにはまだ未読の名作が山ほどあるという
やっかみでもある。


次に読むのは
誰もが認める彼女の出世作
「夕凪の街 桜の国」にしようかと思っていたのだが、
あえて時代もテーマも違うものにしたくなり、
「街角花だより」を選んだ。


それで正解だったのだ。
これが彼女のデビュー作だったのだから。
スタートラインを偶然に探り当てた。
ぼくはちょっとだけ“引き”がいい。


こうのさんは
デビュー連載である「街角花だより」を
7年後にもう一度、他誌で描き直している。


続編やスピンオフではなく、
話そのものをもう一度描き直しているのだ。
登場人物の名前こそ変わっているものの
造形やキャラ設定は基本的に同じ。


花屋さんの主人と
気の強いアルバイト、
そのふたりの女性の織りなす毎日の機微。
苦さは控えめで
うっすらとにじんでいるのは
ささやかながら切実な希望か。


その切実さを
今のこうのさんならもっとひそかに描くのだろうけど、
ここではまだそれが露わで
ぼくが言うのもおこがましいが、
初々しくて、かわいらしいと感じる。


それを7年後にもう一度描き直したかったのだろうが、
ほとんど同じようになってしまっているのがおもしろい。
作者が作品の中身を自分でも左右出来ない作品があるなんて
素敵じゃないか。


漫画もよいが
素晴らしいのはあとがきで、
具体的に言うと
30行目から始まる段落を
ぼくは永遠に切り抜いて
どこかに隠し持ってしまいたいと思った。


さて次こそ「夕凪」にしようかと思いつつ、
素直になれないぼくは
さんさん録」あたりに手を出そうと考えているところ。


まだぼくには
こうの史代作品がたくさん残されている。


まったく関係ないが
こうのさんとぼくは同い年生まれ。
彼女の方がひと月だけ
お姉さんだ。