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なにかあり/とくになし

10月5日午前、トークセッション・ウィズ・運転手さん

我が家の猫が
数日前からお腹をくだしている。
今朝はついにエサも食べないというので
急遽、出勤前に獣医さんに診てもらうことになった。


早稲田通りでタクシーを停め、
一路高円寺へ。


「お客さん、それは猫だね」
「はい、そうです。すいません、猫同乗でお願いします」
「いやいや、いいんですよ。わたしもペット好きですから」
「そうですか」
「うちは犬でね、ポメラニアンですよ」
「家犬にしてるんですか?」
「そう。かわいいもんですよ。犬はひとの目を見て話すからね」
「へえ」
「家族の中ではわたしが一番こわいみたいでね」
「家族の力関係をペットは見抜くって言いますからね」
「わたしが抱っこしようとすると隅っこに逃げて、しっぽだけ見せてるんだよ」
「かわいいですねえ」
「かわいいですよ」
「ずっと犬を飼ってらっしゃるんですか?」
「そう、代々。前の犬が死んだときは悲しかったな〜」
「何歳だったんですか?」
「13歳まで生きた」
「それ、犬としては長生きですよ」
「そうらしいね。犬猫の一年は人間の8年だって言うからね」
「うちも今年の初めに16年生きた猫を亡くしたんです」
「うわ〜、それはすごいね。人間だったら100歳だものね」
「今はこいつを飼ってるんですけどね。今月一歳になります」
「そりゃあこれからがまだまだ楽しいねえ」
「そうですね」
「ペットを飼うと運が良くなるからね」
「そうですか?」
「わたしなんか、宝くじが今までに2回当たったから」
「へえ。当たったって、何千円、いや何万円ですか?」
「うん、一千万と五百万」
「え!」
「一千万当たったのは十年前かな」
「そ……、それはすごいですね、ものすごいですね」
「知り合いには今度はサッカーくじ買いなよって言われてるんだけどね」
「いや〜、宝くじで高額当てたひとに生まれて初めて会いました、それも二回も」
「一千万のときはさ、銀行で払い出してもらったんだけど、二階に呼ばれてね」
「ほうほう」
「帰してくれないわけですよ、その金で定期預金してくれって」


そんな話をしているうちに
タクシーは目的地に着いた。


料金を支払うと
運転手さんは
両のてのひらで15センチほどの隙間を作ってみせた。


「こんくらいでしたよ、一千万円って」


あっけに取られつつ、
「ぼ、ぼくも猫を大事にします」と言って
車を降りた。


してやられた。
運転手さんのあの見事な話術、
まるで会話の完全犯罪みたいだな。


猫のお腹は
ちょっと悪玉菌が元気になったというよくある症状だそうで
たいしたことがなかった。
点滴と薬を処方してもらって
夜にはもう元気になっていた。