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なにかあり/とくになし

BQE

アメリカに何か忘れ物をしてきたようで
それが何なのかしばらく気づかずにいたのだが、
移動中に聴きたい曲があって
バッグの中をがさごそとしたときに判明した。


あ、ヘッドホン。


本当の気持ちを言えば
ヘッドホンなんかぼくは欲しくない。


山手線の車両の端に
つなぐと車内に音の出るジャックがあって
そこで一両まるごとに響き渡る大音量が出せたら
気持ちよかろう。


あるいは
ぼくが車を運転するとして、
ある車内のカーステから
隣接した車のカーステへと
衛星で管理したGPSシステムを媒介に
どんどん音楽が伝染してゆくなんて機能があったら
渋滞も苦にならないかもしれない。


マンハッタン島の東南と
イースト・リヴァーを挟んで隣接する
ブルックリン・クイーンズ・エクスプレスウェイは
ブルックリンとクイーンズの下町区域を通り、
スタテン・アイランドにつながっている。


高速道路とは名ばかりで
年柄年中渋滞している悪名高きハイウェイだ。


買付で何度か通ったことがあるが
短い距離なのに通過まで数十分はかかる。
(もっとも、下町と対岸の高層ビル街のコントラストが不思議だったり、
ぼくはここからの眺めは嫌いじゃない。)


このハイウェイの通称を
「BQE」と言う。


スフィアン・スティーヴンスの新作が
「BQE」というタイトルだと聴いたとき、
すぐにはそれとこれとが結びつかなかったが、
ジャケットを見てゾクッとしてしまった。


「ミシガン」「イリノイズ」に続く
アメリカ周遊シリーズなのだと
もっと早くに気づいておくべきだった。


もともとは2007年に制作されていた
映像と音楽のミックス作品だったものに
再編集を施したものだということで
純粋な新作ではないというアナウンスも一部ではあったし、
全曲インスト作品なのだが、
内容に不満はあろうはずがない。


こんなに優雅に渋滞を描いた作品はない。


ぼくは豪華な3面開きジャケと
大きなブックレット(グラフィティが素晴らしい!)の付いた
アナログ盤を買った。


映像作品がDVDで付いてくるCDの方も買うべきなのだが、
フラフープで地球を救う3人の女の子たちが主役の
特製コミックブックが付いているという仕様に負けて
先にアナログ盤を買ってしまった。


だってなんだよ、その特典は?
そんな誘惑には勝てない。


BQEの渋滞を抜け出るまでの数十分を
アルバム「BQE」が救ってくれる。


それは
誰にでもある日々の停滞を
鮮やかに塗り替える
妄想のシンフォニーでもある。


願わくば
すべての渋滞と憂鬱の上に
それぞれの「BQE」が
大きな音で降り注がんことを。


結局、
ヘッドホンは
前と同じ
耳元が赤い
オーディオテクニカにした。