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なにかあり/とくになし

ひとの秘密を覗く者は

冷たい雨のウィークデイに
ヴァンパイア・ウィークエンドのライヴを見た帰り道だった。


雨と寒さで急に着ぶくれした乗客の波に
総武線の中ほどまで押し込まれた。


家路を急ぐ乗客は
思い思いのときを過ごしている。


携帯の画面に見入ったり、
文庫や新聞を読んでいたり、
仲間と小声で話していたり、
メモ帳に何か書き込んだり、
……何かを書き込ん……何かを……?


ぼくの目の前に座り
一心不乱にメモ帳に何かを書き込んでいる若いサラリーマン。
そのメモ帳の中身が何気なく目に留まった瞬間、
びくっと鳥肌が立った。


縦長のメモ帳にボールペンで書き込まれていたのは
人間の顔のどアップだったのだ。


くわっと目を見開いた若い男の顔で、
しかも、
意味はわからないが眉間のところから
無数の放射線が外側に走っているという
その絵柄がまたショッキングだった。


左脇には会社のものと思しき茶封筒も抱えているし、
見たところ“カタギ”の勤め人だろう?
何がいったいどうしたっていうの?


無数のはてなマークに苦しめられるぼくの視線も気にせず
彼はカリカカリカリとボールペンを動かし、
今度は顔の輪郭の外側を
熱心に線で埋め尽くしていた。


そのときだ。
彼が不意に顔を上げた。


やばい!
本能的に何かを感じ
ぼくは視線をよそにやり
夜景をぼんやり眺めるふりをした。
くらくて雨で何にも見えないのに。


ふたたび彼は視線をメモ帳に落とし、
ハラリとページをめくった。


ぬお!


そのめくったページには
今度はさきほどの男の上半身カットが描かれていた!
両手を挙げて
やはり視線はくわっとこちらを見据えたままの絵だ。


さらにパラパラとめくった先には
よく見えないがまだまだ男関係の絵が続いているではないか……。


さすがにこちらの戦慄が伝わったのか、
今度はこちらをはっきり牽制するように
彼がじろりと上を見た。


うわ!
感づかれた?


「阿佐ヶ谷〜、阿佐ヶ谷〜」


そのとき救いのゴングのようにアナウンスが聞こえてきた。
ドアが開くと
駆け出すようにして電車を降りた。


ごめんなさいごめんなさい。
ひとの秘密を覗き見たぼくがわるかったんです。


知らないひとには
まるでトイレをひどく我慢してた男みたいに見えたかもしれない。
それほどぼくは駆け足だった。


モリタイシまねこい」1巻(ゲッサン少年サンデーコミックス
買いました。