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なにかあり/とくになし

明治通りを歩いているのはきみたちだけじゃない

ぼくの働く店は
東京の大動脈のひとつ、明治通りに面している。


明治通りを原宿から渋谷に向かうのは
H&MやFOREVER 21の袋を持ったひとたちだけじゃない。


こないだ
コンビニでキャラメルを買った帰り道、
身なりのいい会社役員風の紳士を追い抜くときに
思わず漏れ聞こえたため息混じりのひとことは、


「失敗したなあ……」


だった。


テレビドラマじゃあるまいし、
現実の人間が
そんなつぶやきを実際に声に出す光景には
そうは簡単には出会えない。


肉体はずんずんと先に進んでいるのだが、
気持ちはその場に釘付けになったのは言うまでもない。


なななな、何に失敗したんですか?
けけけけ、けっこう立派な方とお見受けしますよ?
やややや、やっぱり事業とか?
そそそそ、それとも男女関係?
もももも、もしかしてランチのコース選び?


淡々とした足取りに
よけいに深い失望が見て取れた。
紳士はあのあとどこへ消えたのだろう。


そんな紳士がいたかと思うと
不思議な集団に出くわすこともある。


夜から雨という予報のせいで
明治通りからひとけの途絶えた夜の帰り道だった。


路肩に停まった大型バスから
おばさまたちがわいわいとにぎやかに降りてくる光景を目にした。


それ自体は
たいしてめずらしくもない。


だが、
彼女たちが揃って小脇に抱えているものが
ほかとはまるで違っていた。


長さ1メートルほどの木箱を
まるでどこぞのブランド品を抱えるようにして持ち
ぺちゃくちゃとしゃべくりながら
ぼくの脇を追い抜いてゆく。


「なんだいありゃ」


一緒に店を出たハイファイ店主の大江田さんが
思わずつぶやいた。


その木箱には
威勢のいい墨文字で
「新巻鮭」とでっかく書き記してあった。


おそらく
北の方に出向いて
日帰りで新巻鮭を食事&土産にするというツアーなのだろうと
想像はするのだが、
疲れた都会の夜に唐突にあらわれる
鮭おばさんの群れを見るのは
ちょっとしたショック光景でもある。


おばさんたちは
放流されて河口を目指す鮭のように
地下鉄の入り口に次々と吸い込まれていった。


誉田哲也安藤慈朗武士道シックスティーン」1巻(アフタヌーンKC
いけだたかしささめきこと」1巻(MFコミックス
買ってみました。