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なにかあり/とくになし

鳥は飛び立つ

昨年の暮れにもらった
イングロリアス・バスターズ」の招待券を
今日使うことにした。


ロードショー期間が終了直前らしく
都内で上映している映画館は少ない。
しかも一日一、二回の限定上映になっている。


ツマと競歩でもするかのように
ものすごく早足で恵比寿へ。


どんなにつまらない映画でも予告篇だけはおもしろいと
かつて誰かが論じていたのを聞いたことがあるが
ぼくもその説には同意する。


だが、
タランティーノの相手をさせられる
罪のない予告篇たちはかわいそうだ。


大ベストセラーを映像化した作品も
伝説の芸術家同士の知られざる恋物語
かわいいふたりの子どもたちの冒険譚も
非業の死を遂げたポップスターのドキュメンタリーも
ロハスなノリの日本映画も
お気の毒に。


こういうときに思い出すのは
映画「ブルースブラザーズ」で
高級レストランの支配人として働くかつてのバンドメンバーを呼び戻すべく
ジェイク(ジョン・ベルーシ)とエルウッド(ダン・エイクロイド)が
上品なディナー客の集まる頃合いに店へと出向いた場面。


気分とタイミングを完璧にわきまえた
絶妙ないやがらせというものを
心ゆくまで味わうことが出来る
大好きなシーン。


というわけで
予告篇たちが
「わたしたちタランティーノとは無関係ですのよ」と
澄ました顔をすればするほど
ぼくの鼓動は意地悪く高鳴った。


むちゃくちゃにしてやれ。


そして
2時間半後、
ツマとふたりして深々とため息をついた。


壮大にして大胆。
狡猾にして痛快。
低劣にして劇的。
不敵にして純情。


まだ見てないひとで
まだ間に合うひとは
是非スクリーンで見てほしい。


タランティーノってつくづく映画が好きなんだなあと
いやというほど痛感出来るはずだから。
映画の前には
道徳も倫理もひれ伏すと信じていなければ
これはやれないだろう。


「すごい映画だけど、いったいタラちゃんの死生観って
 どうなってるの?」


ツマがあきれたようにつぶやいた。


帰宅後に開いたメールで
思いがけずヴィック・チェスナットの訃報を聞いた。


不自由な身体と車椅子で
するどく胸を打つ歌をうたってきたシンガー。


去年のクリスマスに亡くなっていた。
死因は筋肉弛緩剤の過剰摂取で
まあ自殺ということだ。


去年の秋
クレア&ザ・リーズンズのツアーのメイン・アクトとして
強烈なパフォーマンスを見たばかりだし、
ジョナサン・リッチマン・プロデュースの新作も出たところだというのに。


彼を愛し、
身近にかかわったひとたちの心痛を思って
さびしくなった。


ぼくは彼のステージを2回見る機会があり、
正直に言って
きびしさやさびしさばかりが突き刺さるその歌を
大好きにはなれなかった。


だが
不自由な右手で
ギターの弦を「こんちくしょう!」と殴りつけるように弾き、
文字通り肉体をねじって歌うその姿には
いやでも心が動いた。


忘れられないシンガーのひとりだ。
いなくなるなんてずるい。


ジョナサンと制作し、
結果的に遺作となってしまった新作
スキッター・オン・テイク・オフ」のジャケットには
彼が自分で描いた鳥の絵が描いてある。


飛び立つ鳥の絵だ。


しんみりしても
しかたがない。


年賀状のストックがなくなり
申し訳ないと思いつつ
葉書で出せなかったみなさんへの
年賀メールの発送を続けた。


生きている者は
死んだ者の代わりに笑う権利がある。


タランティーノもそう思ってやしないか。