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なにかあり/とくになし

Forget it, kid.

諫早にあるツマの実家の朝。


テレビを適当にザッピングしていたら
カートゥーン・ネットワークで放映中の
スヌーピー(Peanuts)」でリモコンの指が止まった。


ぼくたちが子どものころに慣れ親しんだ
なべおさみの吹き替えではなく、
現役世代の「スヌーピー」は
みなリアルな子どもたちが声を当てている。


ちょっとぶきっちょで
こなれない吹き替えが
おとなびた脚本とミスマッチすれすれでおもしろい。


今日の放送は
ちょっと季節は早いが
ヴァレンタイン・デーのお話。


ヴァレンタインのプレゼント交換で
クラスの女の子からのラブコールを夢見るチャーリー・ブラウン


しかし現実には
いつものように彼が望むようなしあわせは
おとずれやしない。


しょぼんとしょげかえるチャーリーのもとに
親切な男の子がハート型に切り抜いた手紙を渡しにやってくる。


その手紙を広げると
そこにひとこと。


「Forget it, kid.」


ところが字幕は


「忘れられし者へ」


と出た。


え? ちょっと待って。
ぼくの理解ではこの局面で書かれている言葉は
そんなブンガクテキな警句なんかじゃない。


「Forget it, kid.」は
「気にすんなよ」だろ?
チャーリー・ブラウンの感じている重すぎる絶望に対する
軽すぎるなぐさめの言葉でしょ?


そしてそれは
過去もしくは現在に
重すぎるよと勝手に自分で思い込んだ絶望を
背負い込んだつもりの
すべての者の気分を軽くいなしてくれるはずでしょ?


それとも急いで訳したので
「Forgetting kid」と見間違えたのだろうか。


まあ、
そんな誤訳に
中年男が目くじらたてるなんて
それこそホントに「気にすんなよ」って話で。


しかし、
「気にすんなよ」と言われても
どうにも気になるものは他にもある。


それは誤訳ではなくて音楽。


謎多きジャズ・ピアニストにして作曲家の
ヴィンス・ギャラルディ(ガラルディともいう)が提供した
ラブリーな劇伴音楽の数々。


正式なサウンドトラックとして
生前のギャラルディがリリースしたレコードは
数枚しか存在しないが、
彼の息子さんが運営するオフィシャル・サイトでは
スヌーピー」のテレビ番組に提供された
数々の未発表音源を集めたCDが販売されている。


それがこれ
第二集も出た。


他にも見たことのないギャラルディの未発表作品が
いくつもある。


そう言えば
このサイトの存在を教えてくれたのは
素晴らしいエレクトーン・アーティストTuckerだった。


テレビの画面にエンドロールが流れはじめた。


ぼくが見ていたエピソードは
1975年制作の
「Be My Valentine, Charlie Brown」だった。