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なにかあり/とくになし

店員、なぜ踊る?

一瞬見間違えたのかと思った。


仕事の行き帰りで
よく立ち寄る書店がある。
そのレジでの出来事だ。


何気なくコミックや文庫本を
レジカウンターを受け持つ店員さんに渡し、
「カバーはお付けしますか?」とか
型通りの応答をしているときだった。


「お手をどうぞ、ダンスでも」と言わんばかりに
すっと片手を差し出したように見えたのだ。


もちろんその手は
本の束をつかむためのもので
ぼくの手を取るわけではない。


そのはずなのだが
やけにドキドキした。


しかし
異変はさりげなく続いた。


「三千円のお預かりで、おつりがこちらになります」


小銭を器用にトレイにおさめた彼の手が
一瞬うしろにまわって
高くあがったかと思うと
くねくねとウォータースライダーのように
ぼくの前に降りてきた。


これはなんだ。
踊りか?


だとしたら
こやつ、
なぜ踊る?


断っておくが
この店はごく普通の一般総合書店だ。
店員たちはよく教育されていて
男性はみな白シャツにスラックスを履いている。


狐につままれたような思いで店を出てから数日後、
その店を訪れると
ふたたびレジに彼がいた。


今回は手を差し出すような不穏さはない。
しかし今度は
お金の受け取り方に妙さがあった。


片足をぐっとうしろに下げたのだろうか、
腰を起点に上半身をうしろにそらし
「一万円お預かりします」
と来た。


やはり踊る!


まわりの店員は
気がついていないのだろうか。
見渡してみても
みなそれぞれのことに忙しそうで
彼が踊ろうがどうしようがかまっていられないという感じ。


確かに
踊ってばかりで困るというほどのアクションではない。
お金の受け渡しも本のカバーかけも
とりたてて滞る部分はない。


仕事をさまたげない程度に
しかし確実に
彼は踊っているのだ。


店を出ながら
気がつくと
彼の腕の妙なアクションを真似ている自分がいた。


今度はいつ
彼に出会えるだろうかと思う。
とりあえず
今夜はいなかったみたいだ。


いないとなると
代わりにこっちが変な動きをしてしまいそうになるじゃないか。