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なにかあり/とくになし

奥へ

閉店間際にやって来たお客さんが
HMV渋谷が今日で閉店だということ教えてくれた。


そう言えば
そんな話だったな。


閉店日である今日は
インストアライヴやDJイベントの演出もあって
おおぜいでごった返していたそうだ。


おそらくかなりのディスカウントも
連日行われていたのだろうし
渋谷駅まで毎日歩いている身としては
交差点をわたってちょっと歩けば立ち寄れる環境でもあったけれど
結局最後まで足を向けることはなかった。


その意識下には
ぼくにとってのHMV渋谷は
今ではパチンコビルとしてにぎわっている
かつてのセンター街奥にあったときの印象が
あまりに強いからだろう。


あらためて考えれば
あのロケーションは絶妙だった。


センター街の奥という立地は
中古レコード屋がひしめいていた宇田川町の入口でもあり、
90年代にアナログレコードにかぶれて
さんざん散財をしていた若者たちにとっての
“手前”と“奥”との最高の中継点になっていたのだ。


もちろん
企業が経営するフラッグショップとしての展開は
現在のセンター街入口のビルの方が
比べようもなく有望なのだが、
その分だけ
入門のその奥にあるジャングルへ分け入って
なにか見知らぬものに触れようと進む者の意志を
そいでしまったようにも思う。


品揃えという意味でもそうで、
今にして思えば
HMVは決して広くも大きくもなかったし
すべてをとりこぼしなく網羅しているわけでもなかったけれど
その分
未知の領域への可能性というか
夢の余白に何かを見せて案内してくれる部分があった。


奥へ行けと。


まあそれは
過去をセピア色にしてしまう脳内麻薬が
ぼくのなかにすこし残留しているせいかもしれないけど。


HMV渋谷閉店に押しかけるひとたちの影に
かつてHMVがあった場所で
すこし立ち止まってなにかを思ったひとたちが
きっとすくなからずいただろうと信じる。


極論すれば
今、HMV渋谷が
センター街の表玄関から消えても
ひとはたいていのことでは困らない。


それは渋谷の街の興亡を記した年表に刻まれる
淡々とした事実でしかないとも思う。


たぶんこれから本格的に困るのは
かつてセンター街の奥にHMV渋谷があったという事実と
その奥へとさまよった者たちの心のなかに
ぼんやりと浮かぶときめきがつくりだす
感情的な歴史の消失の方なのだ。


奥へ。
だから奥へ。
あえて奥へ。