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なにかあり/とくになし

フロ・バイ・フロ

何日か前、
朝から書いていた原稿が終わりきらず
ハイファイへの出勤が昼過ぎになってしまった。


お詫びの連絡をして
急ぎ足で駅へ向かう。


その途中で
ちいさなひとだかりを見た。


正確に言えば
それほどたかってもいない。
せいぜい3、4人か。


そこは銭湯。
彼らは銭湯の開店を待っているのだ。


頭がてかてかの老人、
メリヤスのシャツを着た老人、
現場の帰りか
汗だくになったピンクのTシャツを着たおじさん、
まるで神聖な宝物殿が開くのを待つように
正面の入り口から適度な距離を置いて
彼らは待っている。


その気分は
よくわかる。


昔、
ぼくもその一団のなかに
いたことがあるからだ。


高円寺に住んでいた90年代はじめ、
茶店のバイトが夜番の場合
夕方5時に店に行けばよいシフトだったので、
開店直後の銭湯で
ひと風呂浴びてから仕事に行く醍醐味を覚えた。


そのクセは
風呂付きの家に住むようになっても直らず、
たとえばライヴを夜に見に行ったり
レコードを買いに行ったその街で
ふらっと銭湯に行ったりした。


下北沢一番街にあった八幡湯もよく行ったし、
今では信じられないが渋谷の宇田川町にも
銭湯はあった。
もうそのどちらも跡形もないけれど。


話は戻って
銭湯の前。


理由はよくわからないが
あのころも
今も
銭湯に一番乗りを狙うのは
男性が多いような気がする。


女性は
買物や食事の準備をしている時間帯だからなのかな。


外から陽が差し込む明るい銭湯、
ひとのすくない銭湯、
カランコロンと高い天井に
洗面器の音が気持ちよく響いていた。


先を急がなくちゃいけないのに
思わず銭湯の前で足が止まりそうになる。
あの男たちの群れに加わりたいなと
本能が告げている。
携帯鳴らして
「すいません、もうちょっと遅れそうです」と
言ってもいいのかわるいのか(わるい)。


貸しタオル、ミニ石けん、
手ぶらで銭湯に行く方法は
もちろん知っている。
財布に小銭はあったっけ。


足は銭湯へと一歩ずつ近づく。
ワン・バイ・ワン。
リトル・バイ・リトル。
風呂・バイ・風呂。
フロ・バイ・フロ。
ブロウ・バイ・ブロウはジェフ・ベック
シャレを言ってる場合じゃない。
さあ、どうする。
この遅刻者よ。


このあとどうなったかは
想像におまかせします。