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なにかあり/とくになし

青すぎたハワイ〜トゥー・マッチ・ブルー・ハワイ その3

バスは走る。
夜中の高速を。
成田から逆の方向へ。


車内は
待ちくたびれたうえに
土壇場で逆転のフライト延期をくらわされた
つかれきった乗客たちでどんよりとした感じ。


しかし
ぼくたち兄弟の目は
逆にらんらんと輝いていた。


新宿の高級ホテルとな?


西新宿の高層ビル街の
なかにあるのだということだけは知っているが
それがどれかはわからない。


まあいいさ。
着けばわかるさ。


それでも抑え切れぬ興奮にほだされて
兄弟はごにょごにょとちちくりあっていた。


そんなとき
まわりからはさぞや白い目で
冷ややかにこちらを見られるかと思いきや、
みんな
それほど他人のやることには関心がない。


若者よ
ひとはそんなにきみを見てはいないのだ。


バスがホテルに着いたのは
午前0時をまわったあたりだっただろうか。


「あーあ」という
うらみつらみのこもった声があちこちからあがるなか、
バスから降り立ったぼくたちは
真上を見上げた。


これが今日登る山か。


違う違う。
ただ寝るためだけの
かりそめの宿だってば。


受けとった鍵についた部屋番号が
ふたりをさらに上気させた。
その数字は
部屋がかなりの高層にあることを意味していたからだ。


部屋に着いてからも
ひと騒動。


ベッドのスプリングでびょんびょんとジャンプ。
どうせ航空会社持ちだろうと
冷蔵庫のミニドリンクも飲むわ奪うわ。
まるで枕投げに興じる小学生か
それとも盛りのついた猿か。
さすがにルームサービスこそ頼まなかったものの
ほとんど寝付けないまま時は過ぎた。


しかし
明け方になって
ふたりともいつの間にか力尽きていたらしい。


朝日が鈍く差し込むのを感じ、
目が覚めた。
弟は死体のように
かたわらに寝転がっていた。


明るくなった外を望む窓の向こうには
夜中にはわからなかった素晴らしい見晴らしがあった。


ふと
視線を下にやる。


あれ?
あれれ?
ありゃ何だ?


眼下に見える
ごま粒のような点は
ひとの頭だった。


そして
マッチ箱のような長方形は
昨夜ぼくたちを送ってきたバスだった。


「わー!」


なんと
ぼくたちが知らないうちに
すでに迎えのバスへの搭乗がはじまっていたのだ。
きっと昨夜のうちに説明があったはずなのに
なにひとつ聞いちゃいなかった。


「わーわー!」


声にならない声で弟を叩き起こし
窓の下を指差した。


「わーわーわー!」


弟も絶叫。


そこから先の記憶は曖昧だが
とにかく「わーわー」とわめき散らしながら
服を着て下に降り、
バスになんとか駆け込んだはずだ。


冷蔵庫に残っていたミニドリンクを
「もったいなしか(もったいない、という方言)」と
弟はトランクに詰め込んだ。


フロントの前を駆け抜けるとき
ドリンク代を清算している同じバスのツアー客を見た。


うわ、やっぱりあれは別会計なん?
知ったことか!
払った者の負けさ。


だってぼくたちは
今日ハワイにとんずらするんだから。(つづく)


青すぎたハワイ〜トゥー・マッチ・ブルー・ハワイ その3