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なにかあり/とくになし

青すぎたハワイ〜トゥー・マッチ・ブルー・ハワイ その4

その映画は
シー・オブ・ラブ」だったと思うのだ。


1990年、
一日の順延を経て
ようやく松永兄弟を乗せて
ハワイに飛び立った飛行機の機内映画のことだ。


アル・パチーノが主演のサスペンス映画で
ストーリーのなかで
オールディーズの「シー・オブ・ラブ」の7インチが
重要な役割で使われていた。


この曲を
ぼくはハニードリッパーズのカヴァーで知っていたが
映画のなかでは
フィル・フィリップスのオリジナルが使われていた(と思う)。


しかし
それよりもなによりも
ぼくたち兄弟が気にしたのは
機内での日本語吹替のこと。


アル・パチーノの吹替を担当していたのは
羽佐間道夫さんだった。


テレビの洋画劇場ファンだったぼくとしては
羽佐間道夫さんと言えばピーター・セラーズをやらせて抜群なひとだったが、
お茶の間にその声のイメージを決定的に印象づけたのは
テレビで初放映となった「ロッキー」で
シルベスター・スタローンの吹替を務めたことだった。


スタローンの演じる
ロッキー・バルボアを吹替するにあたって
羽佐間さんは
海に向かって浄瑠璃を唱える特訓(そんなアホな!)をしたのだという(Wikipediaより!)。


その甲斐もあってか
クライマックスで彼(羽佐間さん)が絶叫する
エイドリアーン!」は
全国のお茶の間を爆笑と感動、その両方の渦に落とし込んだ。


さらに
フィラデルフィアの無骨者であるロッキーが
自己紹介をする際の
「おれ、ロッキー・バルボア」を
羽佐間さんの声で真似することが
クラスでは大流行もした(すくなくともぼくの周囲では)。


話は戻ってアル・パチーノ


主役のベテラン刑事を演じる彼の声を
羽佐間さんが当てていることに気づいたぼくは
半分寝ぼけまなこで画面を見ていた弟を
肘でこづいた。


「おい、あれ」


イヤホンをしろよと仕草で指示する。
やがてアル・パチーノがしゃべるのを確認すると同時に
弟にささやいた。


「声、聴いたか」


けげんそうな顔をしている弟に
さらにひとこと。


「おれ、ロッキー・バルボア


その瞬間、
すべてを悟った弟は
「おお! ロッキー・バルボアだ!」
と目を見はった。


ロッキー・バルボアのひと(羽佐間さんのこと)は
 なんでもやるんじゃのお」


イヤホンをはずして
弟が感じいったようにつぶやいた。


「なんでもやるさ」


知ったような口ぶりで答えたぼくに
弟が食らいついてきた。


ドラえもんも出来るかのお」
「出来るかもなあ」

ややあって
「おれ、ロッキー・バルボア!」
と突然
弟に向かって叫んでみた(注:この兄弟ではよくあることです)。


すると
弟は
「ぼく!」と切り返した。


「ぼく!」と切り返されたら
こちらの返し技はもうこれしかない。


羽佐間道夫さんのロッキー声(「エイドリアーン!」と叫ぶヴァージョン)で
「ドラえもおおおおおおん!」


まったく意味不明ながら
突然にはじまった
羽佐間道夫トリビュートは
お互いのツボに痛烈に入り、
その後数十分にわたり流行した。


激しい腹痛をもよおすほど爆笑し、
おさまりかけたと思うと
「おれ、ロッキー・バルボア!」とたたみかけ、
「ぼく!」
「ドラえもおおおお!」
言い終わらないうちに
笑いながらのたうちまわる。


でも大丈夫。
まわりは自分が気にするほど
きみたちを見ちゃいないさ。


飛行機は
ようやく日付変更線を超えようというところ。(つづく)


青すぎたハワイ〜トゥー・マッチ・ブルー・ハワイ その4