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なにかあり/とくになし

青すぎたハワイ〜トゥー・マッチ・ブルー・ハワイ その5

いつまでもハワイにたどりつかない
このぐだぐだ連載。


前回ようやく機内の話になったと思ったら
今回は
ぼくたち兄弟がすでにハワイに着いてからの話になる。


着陸前後の記憶がほとんどないのだ。


わずかに覚えているのは
ホノルル空港に着陸後、
すぐに小さな飛行機に乗り換えて
カウアイ島に飛び立ったこと。


ミュージカル映画「南太平洋」の舞台となった島の
「007 黄金銃を持つ男」が撮影されたという名門ホテルに
気がついたらぼくたちはいた。


ちなみに
カウアイ島というと
ジュラシック・パーク」のロケ地としても有名だそうだが、
1990年にはまだその原作が英語で出版されたばかりで
恐竜ブームの影もかたちも
この島にはなかった。


出発が一日遅れた都合で
この島での予定が一泊縮まったという説明を受けたが、
そんな説明も吹き飛ぶほどの
超リッチ&ゴージャスなたたずまいに
ぼくたちはただただ呆然としていた。


バブル崩壊”は
歴史年表ではもうすでに始まっていたはずだが
その実感は
まだまだはるか遠いものだった。


ツアーの主宰者である父の知人が
プールにざぶんと飛び込んだ
豪快な光景が
今でもぼくの目には焼き付いている。


さて
このカウアイ島のホテルと言えば
忘れられないことがある。


おそらくこの先
貧乏&留年学生ではめったに泊まれないであろう高級ホテルを
兄弟ふたりしてくまなく探検した。


なにしろ
ホテルの中庭に
フラミンゴがいるくらいで
見るものすべてが目に新しい。


そのとき
不意に下腹部に違和感が生じた。
弟に「ごめん」と言って
近くの男性トイレに駆け込んだ。


大きなほうで無事に用を足し、
トイレのなかまで立派な造作をしげしげと見ていたときだった。


トイレに
だれか入ってくるのがわかった。
若者らしい足取りだったことや
不自然なほどぼくの時間がかかっていたこともあって
弟が様子を見にきたのだと思った。


何の疑いもなくね。


そこで
ドアを隔てたところにいるであろう弟に対し、
合い言葉を投げかけた。(注:この兄弟ではよくあることです)


「おれ、ロッキー・バルボア!」


ドアの向こうからは
「ぼく!」
思いがけず威勢のいい大声が返ってきた。


そこで
こちらも負けずに
気合い十分で
「ドラえもををををををん!」と
羽佐間道夫(ロッキー)声で返してやった。


わが弟ながら
なかなかよくやるやつだ。


ズボンを上げ
水を流して
外に出た。


あれ?
弟はいない?


そのかわり
入れ替わりに入ってきたのだろう
白人のあどけない少年がいた。
何となくおびえたような目でこちらを見ている。


なんだよ、
東洋人がトイレから出てきちゃ悪いのかよ。


さして気にも留めずに
手を洗い
トイレの外に出た。


弟は
大振りの観葉植物を活けた大理石の縁に腰掛けていた。


「さっきはお見事でしたな」


兄弟ならではのタイミングと気合いで
「ぼく!」と切り返しをしてくれたことにお礼を言ったつもりだった。


「はあ?」


なんのことなのか
弟はまるで要領を得ない顔をした。


…………。


気まずい沈黙。
…………まさか。


そのとき
ぼくは気がついたのだ。


弟はトイレのなかには来ていない!


ということは
あの足音は
さっきのあの少年だったのか!


彼がトイレに入ってきたときに
突然、大の仕切りの向こうから
太いだみ声で意味のわからない叫びが聞こえてきた。


それで少年は
思わず「うわあ!」と大声をあげた(誰だってそうだろう)。


それを「ぼく!」と勘違いして、
間髪入れずに
さらに
「ドラえもををををををん!」
と追い打ちをかけたわけか。


あいつ
おしっこもらしてなかっただろうか?


「タハッ!」


次の瞬間
ぼくはそっくり返って倒れ込んだ。
声にならない猛烈な笑いがこみ上げてきて
過呼吸のひとみたいになった。


「どうしたんじゃ?」


弟が心配して顔をのぞきこむ。


説明するのはあとだ。
まずは
この爆笑をなんとかやりすごさないと。
死ぬ……、腹が痛くて、笑い死ぬ……。(つづく)


青すぎたハワイ〜トゥー・マッチ・ブルー・ハワイ その5