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なにかあり/とくになし

その25ドルのチケットは世界で一番安い その3

「レディース&ジェントルメン、
 ジョン・ブライオン


紹介が終わると
BGMがゆっくりとフェードアウトしていく。


さっきから気になっているんだけど
この音楽
いったい誰なんだろう?


音色から察して
たぶん1930年代か40年代のコンボ・ジャズ。
ちょっと変なユニゾンや転調があって
それでも懐かしい親しみやすさがあって。


レニー・トリスターノの「クール&クワイエット」かとも思うけど、
ベニー・グッドマンのスモール・コンボかもしれない。
でも
クラリネット鳴ってたっけ?


ベニー・グッドマンのコンボ時代のアルバム、
家にあったはずだから
日本に帰ったら聴いてみよう。


なんてことを
長々と考えているようでいて
実際の時間にしたら5秒くらいか。


奥から
ジョン・ブライオン
さっそうと現れた。


いや、
さっそうと、じゃないな。
なんか考え中という感じで
ふらっと出て来て
マイクの前で立ち止まる。


「あー、
 ドラッグ会議は終わったから」


さっきのマネージャーが言ったジョークに
一応オチをつけて、
「よし!」と
まずはピアノのほうへ。


今のところ唯一のソロ・アルバムである「ミーニングレス」から
まず軽く一曲。


これまで通り
前半は彼のソロの曲や
サントラに提供した曲、
そして
即興的に思いついた曲の卵みたいな演奏が
ピアノやギターを弾きながら歌われる。


最初にドラムに向かえば
そこからシンクロ用のレコーダーと
フットペダルを駆使して
ドラム+ギター(ベース・パートも弾く)+ピアノと
自分でアレンジを組み立てていって最後に歌を乗せる。


ドラムは
ふたつくらいのパターンを録っておいて
サビのところでは
フットペダルで切り替えているみたい。


この楽曲工作とも言うべき現場を
はじめて生で見たときは
本当に
あんぐり開いた口がしばらく閉まらなかった。


でも
さすがに3度目ともなれば、
すこしは慣れたかも(ぜいたく)。


小一時間ほど経っただろうか。
ひとしきり気が済んだような顔で
「さて」と
舞台の上のジョンが腰に手を当てた。


どうやら
それが合図だった。


いやはや、
客席から飛ぶわ飛ぶわ、
怒濤のリクエスト。
これはもう築地魚市場のセリと一緒。


「ミッドナイト・アット・ジ・オエイシス!」なんて声も。
それ、聴いてみたいかも。


しばらく
リクエストを聞き流しているうちに
一瞬しずかな間が出来た。


そのときだ。


「ゴッド・オンリー・ノウズ!」


「あ、それ、いいね!」


その絶妙なタイミングを逃さず、
ジョン・ブライオン
すぐにピアノに座った。


しかし
そのまますぐにははじめずに
意地悪そうな声でこう言うのだ。


「でもなあ、
 今日はなんだか
 ビーチ・ボーイズの美しいハーモニーで
 あの曲はやりたい気分だなあ。
 目の前にこんな立派なクワイア(聖歌隊→お客さんのこと)いるしなあ。
 このひとたち
 歌ってくれないかなあ?
 歌えるよねえ?
 リクエストしたんだもんねえ?」


どよどよとした戸惑いの声と
わ〜、やられた〜という感じの笑い声が入り交じるなか、
それではさっさといきますよとばかり
彼はピアノを弾き始めた。


ポン、ポン、ポン、ポン。


「キーはオリジナルと一緒でいいよねえ?」


ああ、もう楽しい。
どうにでもなれ。


つづく。









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