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なにかあり/とくになし

その25ドルのチケットは世界で一番安い その4

ジョン・ブライオンの悪だくみのせいで
ラルゴの客席は
「ゴッド・オンリー・ノウズ」を歌いたい
ビーチ・ボーイズ志願者(アラフォー)の集う
即席のアマチュア聖歌隊にされてしまった。


彼の弾くピアノにあわせて
合唱がはじまる。


アイメイナッ、オールウェイズラービュー……


さすがに
ここに来てるお客さんは
ほぼ全員がソラで歌えるんだな。


ただし、
歌には自信がないひとが多いのか
アメリカのロック・コンサートとは思えない
音量の小ささ、
音程のおぼつかなさ。


「いいね、
 ホーリー・ゴースト(聖霊)みたい」


笑みを浮かべながら
彼はからかう。


おもしろいのは
男性(低い声)と女性(高い声)で
自然とパートの棲み分けがされていくこと。


2番が終わり
間奏部分の「パパパパパパ、パパパッパ〜」からが
ちょっとしたクライマックスで
ビーチ・ボーイズの複雑なハーモニーを再現すべく
ぼくも(小声で)加担した。


その大きなヤマを乗り越えるころだったか、
舞台の袖から
突然おおきな楽器を抱えた男性がのそっと現れた。


それは
おおきなウッドベース
否、コントラバスだった。
そのお尻の棒(エンドピン、という)を
聖剣みたいな感じで舞台中央に突き刺すと、
彼はそのまま
「ゴッド・オンリー・ノウズ」にあわせて
ベースラインをつま弾きはじめた。


わお。
これって、もしかして“仕込み”だったの?
まさか?


ズシンとしたベース音が加わることで
すこし自信をもらった聖歌隊
こうしてなんとか「ゴッド・オンリー・ノウズ」を歌い終えたのだった。


大きな拍手のなか
ジョンが
ベーシストの彼を紹介した(聞き取れなかった)。


「ベースって、いいよねえ。
 これがあるんなら、
 あの曲やりたいよねえ」


そしてベーシストに耳打ちすると
彼はうなずき、
ブーン、ブーン、ブーン、ブーンと
低くゆっくりと循環するベースラインを弾きはじめた。


これは、
ひょっとして?


なんとなく客席が正解を探り当てたころを見計らって
ジョンは
絶妙にこちらにキューを出す。


ネヴァノウ・ハウマッチ・アイラービュッ……


お客さん、
ご明答!
正解は
ペギー・リーの「フィーヴァー」だった。


歌のほうは
またしても客席クワイアにまかせて
ジョンはドラムに向かった。


そりゃそうだ。
「フィーヴァー」のキモは
小節終わりのドラムなんだから。


ドカドン!
ドゥドゥドゥドゥドゥン!


さすがに
「フィーヴァー」の2番から先は
歌詞があやしくなってきた客席を尻目に
新しいオモチャで遊ぶ子どもみたいに
彼はドラムを叩き続ける。


そして
さらにそのとき
右袖から
今夜もうひとりのゲストが現れ、
ジョンの秘密基地であるピアノに座った。


あ、
そこ、
座ってもいいんだ。
許されてるんだ。


あなた、誰ですか?


ぼくの疑問を
軽くはぐらかすように
そのやせた紳士は
ペロンとピアノを弾きはじめた。


ユーギミ・フィーヴァ……。
ユーギミ・フィーヴァ……。


「フィーヴァー」は
ゆっくり終わりにさしかかろうとしている。
さて
3人に増えた舞台の上のクセモノたちは
これからどっちに向かうのかね。


つづく。









ツイッターはじめてます。
さしあたっての企画としては
夜と朝には
ツイッター名画座mrbqを。